猫、宮廷魔導士と会う
「宮廷魔導士長のクラウスは少し変わっているけど、研究熱心で頼りになる。きっとエレの力になってくれると思う」
どこか歯切れの悪い口調で、フリードは肩の上にいるあたしに話しかけた。
『変わっているって、どんな風に?』
「うーん……魔法研究に熱心すぎるというか。呪いが大好物というか……」
『大好物?』
「いや、語弊があった。違う。そうじゃなくて……なんというか、天才すぎて常人の予測を軽々と超えてくるというか」
よく分からないけど、まぁいいや。会えば分かるだろう。
あたしはフリードの肩の上で、大きなあくびをした。
◇◇◇
「エレ様、初めまして。クラウス・アルヴァルトと申します。宮廷魔導士長をしております」
……なんだ。普通の人じゃないか。
眼鏡をかけた、穏やかそうな中年男性だ。
「本日は内密でご相談があるとのことですが、どうなさいました?」
フリードを見つめるクラウスの瞳は、とても温かい。
「それにしてもフリード様、見違えました。すっかりお元気になられて」
「ああ。最近は食欲もあるからな。鍛錬も十分にできる」
それは本当だ。
まさに育ち盛りの少年という食べっぷりで、厨房の料理人たちも給仕係もみんな大喜びしている。
最近では、フリードの「もう一杯、頼めるか?」という言葉を密かに楽しみにしているらしい。
「ああ、心配の種が一つ消えて嬉しい限りですな。エレ様のお手柄とか?」
「その通りだ。エレのおかげでぐっすり眠れるし、食べ物も美味い」
「みゃ~ん?(言いすぎじゃない?)」
「ふっ」
あたしの顔を見てフリードの口角が上がる。
そしてすぐにクラウスに頭を下げた。
「クラウスにも本当に世話になったな。心配をかけてすまなかった」
「え⁉ いえいえ、とんでもないです。私こそ力不足で申し訳なく」
「力不足なんてことはない。クラウスには子供の頃から助けられている。よく薬を作ってもらった」
「ありがとうございます。解毒薬ではあまりお役に立てませんでしたが……」
クラウスは穏やかに微笑んだ。
「でも、毒消しの調薬はマルガレーテ様の特技ですから。陛下が外部から魔女殿を招聘されたのも当然かと……」
「僕には何の相談もなく呼び寄せたんだ」
「陛下には陛下のお考えがあるのでしょう」
「彼女がエレを脅すようなことを言ったと報告を受けている」
「おや?」
あたしはフリードには何も言っていない。
たぶんオットーが報告したのだろう。……まぁ当然かな。
「確かにマルガレーテ様は、深夜にフリード様の寝室付近で目撃されたこともありまして。若干、不審な点はございますね」
「僕の寝室付近で?」
「……失礼いたしました。軽々しく噂をお耳に入れるべきではありませんでした」
「そういう噂があったのだな?」
「申し訳ございません」
フリードはそれ以上追及しなかった。
あたしはフリードの寝室で寝ているけれど、そんな気配は感じなかった。
猫は気配に敏い。誰かがうろついていたら、すぐ目が覚めるはずだ。
……はずなんだけど野良猫時代とは違い、最近は気が緩んでいる自覚はある。
もしかしたら気がつかなかった、なんてこともあり得る。
(もっと気合を入れよう!)
あたしは内心で決意をした。
「それで相談というのは、呪いに関することなのだが」
フリードが話し始めた頃には、あたしはすっかりリラックスしていた。
クラウスが穏やかなほのぼの系魔導士だと完全に油断していたのだ。
しかし。
フリードがあたしの呪いの話を始めた瞬間。
クラウスの目が、突然らんらんと輝き始めた。
「ほほう! 実に興味深い呪いですね! 二百年以上昔の呪い。エレ様は元王女殿下であらせられた、と」
「おい、クラウス。これは極秘事項にしてくれよ」
「分かっております。しかし、これほど素晴らしい研究材料だったとは!」
「……エレは研究材料じゃない」
「もちろんです! 失礼しました。研究対象です!」
……その二つの違いは何だろう。
なんとなく実験動物にされそうな気配を感じて、あたしはフリードの肩の上で小さくなった。
「エレ、心配しなくても大丈夫だよ。君に危害は加えさせない」
「殿下、どうか私を信用してください。エレ様に危害など加えるはずないじゃありませんか! ただ、ちょっと血を抜かせてもらったり、毛を剃らせてもらうくらいは……」
「却下だ!」
フリードの即答。
クラウスは一瞬だけ本気で残念そうな顔をしたが「……ま、そりゃそうか」と肩をすくめてあっさり引き下がった。
諦めてくれたなら何よりだ。
詳しく説明を聞いた後、クラウスは眼鏡を外し、目頭を指で揉んだ。
しばらく考え込んだあと、もう一度眼鏡をかけてこちらを見る。
「魔石を使った呪い……それは、正直盲点でした。我ながらどうして気がつかなかったのか」
「いや、記載されていた文献は二百年前の外交文書と法律文書だ。クラウスが知らなくても無理はない。僕もまったく知らなかった」
「すごい発見になるかもしれません。殿下の呪いにも進展があるかもしれませんよ!」
「僕の……呪いにも?」
フリードの顔がビクリと強張った。
彼にこんな顔をさせる呪いって……どれほど恐ろしいのだろう。
「私は殿下の呪いも研究しています。ずっと言霊系の呪いだと想定していたのです。術者の魔女が魔力と恨みを繋げて錬成した呪い。そして発動条件は発語」
真剣な顔でフリードが頷く。
「ただ、それだと説明がつかないことがありました。殿下の口から……あ……」
フリードの表情を見て、クラウスは言葉を止めた。
『ねぇフリード。あたしは聞かないほうがいいなら、部屋から出ていくけど』
きっと彼は、呪いの話をあたしに聞かせたくないだろう。
そう思ったけれど。
フリードは首を横に振った。
「いや、大丈夫だ。エレ、ちゃんと説明する」
そしてフリードは自身の悲しい物語を語ってくれた。
フリードの瞳がガラス玉のように光を失った。
この子は自分を責め続けている。
なんて残酷な呪いだろう。
あたしは黙って彼の話を受け止めた。




