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猫、怒りに震える


『ねえ、フリード。そういえば、あのオウムとは話をしないの? そのシアストーンを使って?』


ある日の夕食後、あたしはフリードに尋ねた。


オウムのサミュエルは食堂での喧嘩以来すっかり姿をひそめていて、あたしは一度も見かけていない。


以前はしつこいくらいフリードに付きまとっていたらしいから、さすがのあたしも少し罪悪感を覚えた。


『あたしとずっと一緒にいる必要はないのよ。もし、あのオウムに会いたいんだったら、あたしは別にやきもち焼いたりしないから。せっかくシアストーンの耳飾りがあるんだから、ちょっと話でもしてくれば?』

「いや……」


フリードは言いにくそうに口ごもった。


「僕はもともとあのオウムが苦手で。鳥は好きなんだけど、サミュエルは結構横暴なところがあってね……」

『そうなの?』


横暴なオウム。

なんだか物語の題名になりそうだ。


「お祖父さまが若い頃に気に入って王宮で飼い始めたそうなんだ。もう何十年も生きている。自由になりたいなら自然に帰してもいいと、お祖父さまが亡くなった時に父上が放そうとしたらしいんだけど……」

『うん? 何かあったの?』

「父上にしがみついて、決して離れようとはしなかったそうだ」

『ここでの生活が好きなのね。あたしのせいで生活を邪魔されて、きっと恨まれているわね』

「動物の本能だから仕方がないよ。それに王城は広い。僕の近くに来なくなっただけでサミュエルは自由に飛び回っているよ。また会うこともあるだろう」


まぁ……次に会った時に仲良くなれるとは思えないけど。


『あたしは決められた区画にしかいないから、それ以外のところでは自由に飛ばせてやってね』

「ああ。現状、そうなっている。君の生活圏の方がよほど狭いよ。気にすることはない」


そう言いながら、フリードはあたしの顎の下をくすぐった。

優しく撫でながら、穏やかに微笑む。形の良い黒い瞳が柔らかく弧を描いた。


「君が来て以来、とても体調がいいんだ。毒は一度も入っていたことがない。食事も怖くなくなった。昼間は騎士団に交じって鍛錬に参加して、夜はぐっすり眠れる。……君のおかげだよ」


そういえば、痩せて弱々しかったフリードの体に筋肉がついてきた気がする。

こけていた頬も今は健康的な曲線を描いている。


『良かったわ』

「もちろん、君の呪いのことは忘れていないよ。時間がある時に文献を当たっていたんだ」

『そうなの⁉ いつの間に⁉』


あたしは一日のほとんどを寝て過ごしている。

フリードが日中何をしているのか、実はあまり知らない。


……猫だから仕方がないのよ。


心の中で言い訳をしていると、フリードの表情が真剣になった。


「このライナー王国は、とても古い国なんだ。もう千年近く続いている」

『千年! すごいわね』

「この大陸で魔石鉱山があるのはこの国だけだからね。当然、多くの国に狙われてきた。今も狙われている。国を守るために魔法の力も使うけれどライナー王族に代々受け継がれてきたやり方は外交努力だ。外交で国を守る!」

『外交?』


 全然分からない。だって猫だもの。


 きょとんとしたあたしの頭をフリードは優しく撫でる。


「外交と言ってもいろいろある。綺麗なことばかりじゃない。魔法で相手の国を助けて恩を売ったり、弱みを握ったり……。ライナー王国にしかない特別な魔石や魔法が消えてしまったり、他の国に奪われたりしたら困る、と周辺国に思わせることも重要だ」

『そんなに古い国だとあたしの国ともお付き合いがあったの?』

「ああ、エルドラ王国との外交記録もしっかり残っている」


エルドラ王国。

あたしの祖国の名前だ。


懐かしくて、少し胸が痛んだ。


「……二百年ほど前に、エルドラ王国の王女が十八歳の若さで病死した。そう発表された、という記録がある。当時のライナー国王が二度、弔問の派遣団を送ったそうだ」

『あたしは死んだことにしようって、そう発表したって聞いたわ。あたしにも一応婚約者がいたんだけど、まさか猫になりましたなんて言えないから。呪いのことは秘密だったんだと思う』

「そうか……婚約者もいたのか」


フリードが痛ましそうな顔をした。


大丈夫よ。

もう二百年以上も昔の話。

とっくに、かさぶたになった傷だから。


『わざわざ弔問の派遣団まで送ってくださったのね。しかも二回も。有難いわ』

「一度目は亡くなった時。二度目は葬式の時だ。もっともこちらの記録には王女が死亡したとは記されていない。魔女に呪いをかけられた、とだけ」

『え⁉ そうなの? 外国にも呪いのことを秘密にしていると思っていたわ』

「呪った魔女がライナー王国の者だったらしい。君が呪われてエルドラ国王は我が国に秘密裏に助けを求めた。二回の派遣団の両方とも当時の我が国最高の魔法使いが同行したようだ」

『え⁉』


あたしは驚きで固まった。全然知らない。


お父さまもお母さまも猫になったあたしにわざわざ説明することはないと思ったのかもしれないけど。


そういえば、いろんな魔女や魔法使いが王宮に来ていたという記憶は微かにある。


「記録によると、どうしても呪いの解き方は分からなかったそうだ。ただ、呪いをかけた魔女は特定できた」


フリードは静かに言う。


「魔女ゲルトルート。悪名高い魔女で、暗殺や呪いを専門にしていたらしい。エルドラの王女を呪った後、姿を消してそのまま見つからなかったそうだ」

『そんな……』


あの黒目黒髪の魔女は、ゲルトルートというのか。

今まで名前も出身も知らなかった。


「ゲルトルートは殺人を犯して処刑されるはずだった。記録だと三十人以上殺されている」

『三十人……』


 猫なのに鳥肌が立った。


「ずいぶん強力な魔女だったらしい。処刑される前に脱獄して国から逃げ出した。エルドラ王国に亡命して宮廷魔導士として雇ってもらいたいと願い出て、断られた。さらに国王からライナー王国に強制送還すると宣告され、それが気にくわないと……」

『そんな理由で恨んで、あたしを呪ったってこと?』


あまりにも身勝手な理由に、あたしは頭を抱えたくなった。

酷すぎる話じゃない?


「ゲルトルートは王女を呪った後に姿を消したが、恨みを忘れず、エルドラ王国が滅亡するよう他国を唆したとか……。これはあくまで噂だけど」


猫になってから、こんなに強い怒りを感じたことはなかった。


頭が沸騰しそうなくらいの怒りがこみあげてくる。

こんな理不尽があっていいのだろうか?


あたしは必死に顔を洗いながら、どうにか怒りを抑えた。


「ごめん。君には辛い話だ……。しかも我が国出身の魔女が、そんな酷いことをするなんて」

『いいの。フリードのせいじゃないわ』

「君の呪いは僕が必ず解く。それに我が国出身の魔女だとしたら呪いのやり方の見当がつくかもしれない」

『本当に⁉』

「ああ。君は魔石についてどのくらい知っている?」

『ほとんど何も知らないわ。恥ずかしいけど』

「恥ずかしいことないよ。では魔石の説明から始めよう」

「にゃあん!」


あたしは気持ちを切り替えて、元気に返事をした。


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