猫、仕事(?)をする
フリードはあたしを肩にのせて城内を歩き回るのが習慣になった。
王太子の肩に猫。なかなか見ない光景だと思う。
「王太子殿下、おはようございます! エレ様も! ……ちょっとだけ撫でてもいいですか?」
猫目当てに話しかけてくる使用人が増えた。
「ああ、かまわない」
『撫でられるのは乱暴じゃなければ平気』と伝えてあるので、フリードが鷹揚に許可をする。
そっと優しく撫でてもらうと、あたしも自然とゴロゴロと喉が鳴る。
……猫だから仕方ない。サービスだ。
「ああ、柔らかいもふもふ~。……ところで王太子殿下、今夜のお食事で召しあがりたいものはございますか?」
「そうだな。鶏肉のシチューなんてどうかな?」
「はい! そのように厨房にお伝えしますわ! 最近、殿下が食事をよくお召し上がりになると料理人たちも張り切っております」
「そうか、それは良かった。ありがとう」
「エレ様、今度は肉球、触らせてください~!」
「みゃおん(ちょっとだけよ)」
そんな風に和やかな会話が交わされる。
「以前はいつでも腫れ物を扱うような感じで居心地が悪かったんだ。あまり近づいてくる者もいなかった。エレのおかげで気軽に話しかけられるようになったよ」
フリードが楽しそうな表情を浮かべると、あたしも嬉しい。
猫としての仕事は、どうやら順調らしい。
「そういえば、今度父上もエレに会いたいそうなんだ。一緒に食事でも、とおっしゃっていた」
『……野良猫が国王陛下と食事って……いいのかしら? 身分違いすぎない?』
「普通の猫はそんな風に思わないよ。君は今や王宮で人気の王太子の猫だ」
そう言われても少し躊躇してしまう。
「それに君は人間だったころは王女だったんだから身分は同じだ。気にする必要はない」
フリードにはあたしの過去や呪いのことをきちんと伝えた。
十八歳の時に呪いを受けて猫にされた、古い王国のエレアノール・ヴァル・エルドラ王女であったこと。
王国が滅亡した後の猫生や多くの別れを経験し、もうそんな思いはしたくない、ということ。できたら呪いを解きたいと思っていること。
その場にはフリードだけでなくオットー・ブラウン第二騎士団団長もいて、気のせいか目が潤んでいたような気がした。
それ以来、オットーは胸ポケットに煮干しを入れていて、あたしをちょくちょく餌付けするようになった。
「エレ殿、煮干しは好きかな?」
「にゃおん~」
「そうか、お好きなのだな。ではこれを」
あたしが煮干しを残さず食べると「偉いな」と頭を撫でてくれる。
満面の笑みで。
しかし自分のそんな姿をフリードや周囲の人間には見られたくないようで、人の気配がするとスッと距離を取り、何事もなかったかのように無表情に戻る。
そして、あたしの世話係は侍女のアンナが任命された。
初日にあたしをお風呂で洗ってくれた侍女だ。
さらに護衛役はハンス(なぜだ?)がついてくれることになった。
「よろしくな! もう引っかいたことは根に持ってないから」
口に出すということは根に持っているということだし、猫は疑い深い。
ハンスが近づくとあたしはすぐに椅子の下に隠れて、距離を置いてじーっと観察する。
「まいったなぁ。俺、完全に嫌われちゃったなぁ」
たまたま近くにいたオットーがハンスを鼻で笑う。世話係アンナも苦笑いだ。
「まったく、エレ殿の信頼も得られないとは……」
「いや、だって、多分港で力づくで捕まえたから嫌われちゃったんですよ~。王太子殿下のご命令だったから仕方なくだったのに~」
ハンスの泣き言を聞いて(確かにその通りだな)と多少彼が気の毒になった。
もう乱暴をしないのであれば、とあたしはゆっくりと椅子の下から這い出して、ハンスの足元に体を擦りつけた。
「はぁぁあ! 見た⁉ 団長! 見ました? エレ様が俺のこと大好きだって!」
(いや、そこまでは言っていない)
再び椅子の下にもぐり、観察に徹することにした。
「え~⁉ やっぱり嫌われてるのかな~? エレ様、俺の心をもてあそばないでくださいよ~」
「エレ様の信頼を得るためにはこれからの行動が大事よ! エレ様はとりあえず様子見ね、って言ってくださったのよ。頑張ってね!」
「アンナ~、どうして君はそんなに猫のことが分かるんだ?」
一連の流れを見ていたオットーの口角が、我慢できなくなったようにわずかに上がった。
常に冷静で無表情のオットーの感情も少しは見えるようになってきた。
また煮干しくれないかなぁ、と思いつつ、あたしは椅子の下で大きなあくびをした。
(おまけ)
猫好きの家令シュトルヒは、毎日のように肩にあたしをのせたフリードに挨拶にくる。
「殿下、猫は時速四十八キロで走れるといいます。万が一エレ様が脱走された場合、人間が追いつくのは難しいかもしれません」
「そうか、知らなかった。でも、エレは逃げないよな?」
「みゃおん(逃げないよ)」
尻尾を振りながら答えると、シュトルヒは感極まったように両手で口を押さえた。
「おおお! 殿下、ご覧ください。この尻尾の動き! これぞ猫特有の情動表現でございます」
「そうか……。エレが来て以来、そなたの意外な一面を知れて嬉しく思う。これからもエレを頼む」
「お言葉に甘えて、エレ様の肉球を触らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「みゃおん!」
「……許可と理解いたしました」
そっとあたしの肉球を撫でるシュトルヒ。
「……ああ」
天を仰ぐ。
「人生に悔いはございません」
「そうか……それは良かった」




