第80話 「鉄の玉座と狂気の設計図。交差するドワーフの魂」
【同日深夜:飛行要塞最上層・中枢管制室前】
巨大な飛行要塞の心臓部へ至る道程は、もはや戦場というより局地的な災害の跡地と化していた。
私の理不尽なまでの暴力と、あの泥棒猫の金に物を言わせた成金爆撃。
そしてイザベラさんの鉄壁の防御と、ガンテツ姉さんのハッキング。
私たち四人の規格外の能力によって完全に蹂躙され、シドが配置していた精鋭の防衛部隊や無人殺戮兵器の残骸が、メインシャフトの至る所にスクラップとなって累々と横たわっている。
「……社長。この分厚い扉の向こうが、ブリッジだ」
ガンテツ姉さんが、焼け焦げた壁に背を預けながら、巨大な特殊合金製の防爆扉を顎でしゃくった。
その扉は、これまでのどの隔壁よりも分厚く、禍々しいほどの魔力結界が幾重にも張り巡らされている。
扉の表面には、血のような赤色の文字が不気味に明滅していた。
「イザベラ、結界の解除は?」
「無理ですわ! この結界、要塞のメインエンジンから直接魔力を供給されています! 私の計算能力をもってしても、暗号の解除には最低でも三時間は……!」
「三時間も待てません。……アリア、ベアトリス。物理と財力で押し通しなさい」
ああ……!
その氷のように冷たくて、絶対的な無茶振り!
背筋がゾクゾクする。
ご主人様が望むなら、私はどんな分厚い壁だって噛み砕いてみせる!
「任せてローズマリーさん! こんな扉、『シルバー・ファング』で紙切れみたいに引き裂いてやる!」
「どきなさい野良犬! 私の『特級・雷鳴爆晶』の束で、分子レベルまで消し飛ばしてあげる!」
泥棒猫と息を合わせるなんて反吐が出そうだけど、ご主人様の命令なら仕方ない。
私が極限まで圧縮した銀色の魔力を右腕のパイルバンカーに込めると同時に、ベアトリスが数千万ゴールドの価値がある魔石の束を扉の隙間にねじ込む。
私のご主人様への愛(物理)と、泥棒猫の狂った執着(財力)。
いがみ合う二つの圧倒的な破壊力が、分厚い防爆扉の中心で全く同時に炸裂した。
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
要塞全体が大きく傾くほどの凄まじい轟音と衝撃。
絶対に破壊不可能と謳われたドワーフの防爆扉が、メチャクチャにひしゃげ、凄まじい爆炎と共に内側へと吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める硝煙。
その中を、ローズマリーさんは扇子で優雅に煙を払いながら、ヒールブーツの靴音を響かせて堂々と足を踏み入れた。
その後ろ姿の、なんと神々しいことか。
吹き飛んだ扉の向こうに広がっていたのは、ドーム状の巨大な空間だった。
壁一面を覆い尽くす無数の魔導モニター。
そこには、炎の海と化して崩壊していく帝都の惨状と、照準を合わせつつある「新たな標的」の座標マップが赤々と映し出されていた。
そして、部屋の中央。
要塞のコアと無数の極太ケーブルで直接繋がり、まるで生きた機械の臓器の一部のように『鉄の玉座』に深く腰掛けている一人の男がいた。
「……ずいぶんと派手なノックじゃねえか、アシュトンの小娘ども。そして……ガンテツ」
隻眼のドワーフ、シド。
「遅かったな。……見ろ。すでに、この要塞の『主砲』の充填は85%を超えている。標的は、この忌まわしい帝国の総統府……そして、山脈を越えた先にある『王都の王城』だ」
彼の残された片目は、血のような赤い光を放ち、ひどく痩せこけた顔で私たちを静かに見下ろしていた。
彼自身の生命力を魔力に変換して、要塞を制御していることは一目でわかった。
「……シド。てめえ、なんちゅうツラしてやがる」
ガンテツ姉さんが、悲痛な声でかつての同胞を睨みつける。
「もうやめろ! 帝国への復讐のために、王国の人間まで巻き込む気か! こんな破壊兵器を作って世界を火の海にするのが、アタシたちドワーフのやりたかったことかよ!」
「……黙れ、ガンテツ」
シドは、低く、怨念の籠もった声で吐き捨てた。
「俺たちの故郷が帝国に焼かれた時、王国は何をした? 『遺憾の意』を示しただけで、経済協定を優先して俺たちを見捨てた! ……帝国も、王国も、俺たちの血と魔石の上で胡座をかいている同罪の豚だ! 両方とも、この火の海で消し炭になるのが相応しい!!」
シドの狂気。
それは、全てを奪われた弱者の、行き場のない絶望と復讐心の果てだった。
……でも、冷酷なヒールブーツの音が、シドの悲壮な覚悟を無慈悲に踏みにじった。
「……くだらない」
ローズマリーさんは、シドの復讐劇など道端の石ころより価値がないというように、冷たく言い放った。
「貴方の個人的な恨み辛みなど、市場経済においては一円の価値もありません。……貴方がやろうとしていることは、ただの『世界の損失』です」
「くだらない、だと……?」
シドは、低く、地鳴りのような声で笑った。
「くくっ……あははははっ! 商売! 市場! お前たち人間は、どこまで行っても強欲な生き物だな! その『商売』を回すために、どれだけのドワーフが帝国の奴隷として使い潰されてきたと思っている! この歪んだ世界そのものが、俺たちドワーフからすべてを奪ったんだ! だから、俺はすべてを焼き尽くす! この大砲はな、世界への請求書だ!!」
「……責任転嫁も甚だしいですね」
狂気に満ちたシドの叫びを、ご主人様は氷のような冷徹さで一刀両断した。
「帝国の労働環境が最悪なのは、単なる経営陣の無能と怠慢です。奴隷労働など、長期的には生産性が低下し、市場の腐敗を招くだけの悪手。……貴方たちの悲劇は、資本主義のせいではありません。ただの経営の失敗です。それを世界全体のせいにして火を放つなど、八つ当たりもいいところですね」
シドの隻眼が、危険な光を放つ。
「……黙れ、人間の小娘が。お前のその減らず口も、あと数分で消し飛ぶ」
「……てめえこそ黙りやがれ、シド」
巨大な魔導レンチを肩に担いだガンテツ姉さんが進み出た。
「シド。お前の技術は確かに天才的だ。……でもな、お前の創ったこの要塞は『死んでいる』んだよ。こんなものはドワーフの誇りでも何でもない、ただの粗大ゴミだ!」
ガンテツ姉さんの咆哮。
職人としての魂の叫び。
「……そうか。なら、お前もここで鉄屑と一緒に散れ。ガンテツ」
シドが、玉座のコンソールを乱暴に叩いた。
その瞬間、彼の背中に繋がれていた無数の極太ケーブルが外れ、玉座の裏側から、禍々しい装甲に覆われた巨大なパーツ群がシドの身体へと自動的に装着されていく。
「……ドワーフの古代技術と、帝国の最新魔導力学を融合させた最高傑作。『魔導外骨格・クロガネ』だ」
全長三メートル近い、圧倒的な質量と威圧感を放つ鋼鉄の鎧。
シドは、要塞のメインコアと直結したその外骨格を身に纏い、文字通り要塞の意志そのものとなって立ち上がった。
「主砲の発射まで、あと3分。……それまで、俺自らが相手をしてやる」
◇
「主砲の充填率、92%を超えましたわ! あと3分で、王国と帝国の両方に発射されますわ!」
イザベラさんが、魔導計算機の熱暴走に耐えながら絶叫する。
よし、待ち時間は終わりだ。
私の牙で、ご主人様を脅かすこの巨大なゴミを解体する!
「アリア、ベアトリス! あのポンコツを解体しなさい!」
「「イエス・マム!!」」
私は床を蹴った。
泥棒猫より一瞬早い踏み込みでシドの懐に潜り込む。
「消えろォォォッ!!」
『シルバー・ファング』の最大出力。あらゆるものを粉砕してきた私の誇り、私の存在意義のすべてを込めたパイルバンカーを叩き込む。
ガァァァァァァァァンッ!!!
だが。
……え?
「なっ……!? 私の拳が、通らない!?」
全力の一撃は、シドの外骨格の表面に展開された「見えない壁」によって、完全に弾き返された。
どうして?
そんなはずない。
私の牙は、ご主人様を守るための最強の剣のはずなのに!
「無駄だ。この外骨格は、要塞のメインエンジンから無限に魔力を供給されている。物理衝撃はすべて『空間の歪み』によって相殺される」
シドが外骨格の巨大な腕を振るう。
圧倒的な質量と重力制御が乗った一撃が私を捉え、ボールのように吹き飛ばされ、ブリッジの壁に激突した。
「ぐはぁっ……!」
全身の骨が軋む。
痛い。
でも、それよりも、自分の攻撃が通じなかった恐怖が心を支配する。
「アリア!! ……チッ、野良犬が不甲斐ないわね! 喰らいなさいドワーフ! 『特級・紅蓮爆晶』の全弾投下よォォォッ!!」
ベアトリスが、残された数千万ゴールド分の爆晶を惜しげもなくシドへと投げつけ、大爆発を引き起こした。
ブリッジ全体が炎に包まれる。
だが、炎が晴れた後、シドは無傷のまま、煙の中からゆっくりと歩み出てきた。
「魔法も無駄だ。俺の装甲は、魔力を瞬時に吸収し、要塞の動力へと変換する。……攻撃すればするほど、主砲の充填が早まるだけだぞ」
「だ、駄目ですわ! 今の爆発のエネルギーを吸収されて、充填率が95%に跳ね上がりました! 残り時間、あと1分半!」
イザベラさんの絶望的な報告。
物理も魔法も効かない。
要塞と一体化した無敵のバケモノ。
どうすればいい?
どうすれば、私はご主人様を守れる?
「……終わりだ。お前たちのその資本主義の驕りごと、この大砲で消し炭にしてやる」
シドが、私たちに向けて、巨大な魔導砲口を開いた。
絶体絶命。
だが、恐怖に凍りつく私の背後で、ただ一人。
私の最愛のご主人様だけは、微塵も余裕を崩していなかった。
「……物理も魔法も効かない? エネルギーを吸収する? ……ふふっ、なるほど」
彼女は、まるで退屈なチェスの盤面をひっくり返すような、恐ろしく冷たい笑みを浮かべて前に進み出た。
「ならば、簡単なことです。……許容量の限界を超えて、その鉄屑をパンクさせてしまえばいい」
ローズマリーさんの視線が、ベアトリスを射抜く。
「ベアトリス。貴女の商会の『全資産』を、今ここで私に差し出しなさい」
「えっ……? 全資産を……?」
「ええ。貴女は私のペット。ならば、貴女の財力もすべて私のものです。……あのドワーフの吸収装甲がどこまで『金』を飲み込めるか、資本主義の真の恐ろしさを教えてあげましょう」
……ああっ!
私の心の底の恐怖なんて、一瞬で吹き飛んだ。
なんて恐ろしい。なんて美しい。なんて強欲なんだろう!
私の牙が通じない相手を、相手の力そのものを利用して、金という最も冷酷な暴力で内側から破裂させようというのだ。
残り時間、あと一分。
世界を焼き尽くすカウントダウンが迫る中、女帝たちの狂気じみた最終決算が始まろうとしていた。




