第79.5話 「職人の誇り」
「……てめえら、ドワーフの誇りをどこに落としてきやがった」
一方、戦場の片隅。
背後でウチの「二匹の駄犬」どもが派手な爆発音と共に醜いマウント争いを繰り広げているのを背中で聞きながら、アタシは第一格納庫の薄暗い通路へと足を向けていた。
逃げ遅れた数名の兵士。
いや、帝国の軍服を着崩し、顔を煤だらけにした「同胞」たちだ。
彼らは、巨大な魔導レンチを肩に担いだアタシの姿を見て、ガタガタと震えながら後退りした。
「ヒッ……! お、お前もドワーフだろう! なぜ帝国や人間の味方をする! 俺たちは、奪われた故郷を取り戻すためにシド様と……!」
アタシは深く、重い溜息をついた。
周囲を見渡す。
この狂った巨大な飛行要塞の内部骨格。
寸分の狂いもなく打たれたリベット、魔力伝導管の無駄のない美しい取り回し、そして強烈なGに耐えうるしなやかなサスペンション構造。
……どれもこれも、見事な職人技だ。
長年、鉄と油の匂いの中で生きてきたアタシには一目で分かる。
これを作り上げた奴らの技術と情熱は、紛れもなく本物だ。
アタシらドワーフが何百年もかけて培ってきた、最高峰の叡智の結晶だ。
だからこそ、腹の底からドス黒い怒りが湧き上がってくる。
こんなにも美しい技術を、こんなにも完璧な計算式を。
どうして「空から無差別に爆弾を落として人を殺す」ためなんかに使いやがった!
「故郷を取り戻すだと?」
アタシの低い声が、格納庫の炎の音を圧して響いた。
一歩踏み込み、怯える同胞が構えていた魔導小銃に向かって、容赦なくレンチを振り下ろす。
ガァンッ!
硬質な音と共に、鉄の塊が中枢の機関部ごと真っ二つに叩き割り、床に転がった。
手が痺れる。
アタシは機械を直し、作るのが仕事だ。
壊すのは好きじゃねえ。
でも、この銃の鉄は、アタシに叩き割られて喜んでいるように見えた。
「無関係な街の空から爆弾をばら撒いて、女子供を焼き殺すのが『誇り』か! 他国の技術をパクって作ったこの悪趣味な要塞で、世界を火の海にするのがドワーフの仕事かよ!」
「ぐっ……! だが、力を持たなければ、俺たちは一生帝国の奴隷のままだ! 復讐して何が悪い!」
兵士の、血を吐くような悲痛な叫び。
痛いほど分かる。
痛いほど分かるんだよ。
帝国に故郷の炉を焼かれ、家族を奪われ、誇り高き職人からただの兵器製造奴隷へと落とされた絶望。
あの日、アタシの鼻を突いた肉の焼ける匂いと、同胞たちの泣き叫ぶ声を、忘れた日は一日たりともねえ。
帝国は絶対に許さねえ。
ぶっ潰してやりたいと、アタシだって何度も思った。
だがな。
だからって、自分たちが「故郷を焼く側のバケモノ」になっちまったら、おしまいだろうが!
「馬鹿野郎!!」
アタシの、魂の底からの怒声が轟く。
「復讐のために技術を売るな! アタシらドワーフの本当の力はな、鉄を打ち、熱に耐え、誰かの生活を豊かにするための『モノづくり』の魂だろうが!」
アタシの脳裏に、アシュトン・モーターズで作り上げてきた光景が浮かぶ。
アタシらが作ったトラックが、遠くの街へ温かいパンを運ぶ。
薬を運ぶ。
手紙を運ぶ。
あの悪魔みたいに強欲な社長が笑う裏で、アタシたちの作ったエンジンが、確実に人々の生活を繋ぎ、明日を作っている。
それを見た時の、胸が熱くなるような誇らしさ。
それが、職人の「本望」ってもんだろうが!
「機械ってのはな、人を笑顔にするために設計されるべきなんだよ! 破壊の道具に成り下がった鉄屑なんて、お前らが精魂込めて打った鉄が泣いてるぜ! アタシが全部、ハンマーで叩き直してやる!!」
アタシは、レンチの平らな面を使って、過激派の同胞たちの鳩尾や首筋に、正確な一撃を叩き込んでいく。
絶対に殺しはしねえ。
急所はすべて外す。
彼らもまた、帝国に人生を壊された被害者だ。
シドの狂気に巻き込まれてハンマーを銃に持ち替えちまっただけの、哀れで、不器用で、真面目すぎる職人たちだということを、痛いほど理解していたからだ。
「……少し寝て、頭を冷やしな。起きたら、もう一度真っ当な鉄を打つんだ。お前らのその分厚い掌は、人を殺すためのもんじゃねえ」
バタバタと気絶して倒れ伏した同胞たちを見下ろし、アタシはレンチを力強く握り直した。
手に伝わる重い鉄の感触が、アタシの決意をさらに固くする。
こんな上空から爆弾を落とすだけの空虚な機械、そしてそれを生み出してしまった同郷の狂気。
アタシのエンジニアとしての誇りにかけて、絶対に止めなきゃならねえ。
見上げれば、この巨大な要塞の分厚い天井が広がっている。
あの先にある中枢管制室に、すべてを狂わせた、かつての腕利きの男がいる。
シド。
お前は天才だった。
お前の打つ鉄は、誰よりも温かかったはずだ。
……どうして、こんな冷てえバケモノを作っちまったんだよ。
「……待ってろよ、シド。お前の曲がっちまった性根、アタシが真っ直ぐに叩き直してやるからな」
気絶した同胞たちに背を向け、アタシは狂騒と蹂躙が続く第一格納庫の奥へと歩みを進めた。




