第79話 「空の上の請求書。蹂躙する雌犬たちと職人の誇り」
【同日深夜:飛行要塞内部・第一格納庫】
圧倒的な質量と轟音と共に、空飛ぶ鉄の城の腹に強行突入を果たした私たちの『即席の翼』。
ひしゃげた車体から降り立った、純白のレーシングスーツに身を包んたローズマリーさんの静かで、氷のように冷酷な宣戦布告が、広大な格納庫に響き渡った。
「私のマーケットを荒らした対価……高くつきますよ。血と命で、きっちり清算して頂きましょうか」
その言葉を合図に、あまりの事態に凍りついていた要塞側の時間が動き出した。
「て、テロリストだと!? ふざけるな、撃てェッ! 侵入者を蜂の巣にしろ!」
要塞を占拠していたドワーフの過激派と、帝国軍の反逆兵たち――およそ三百名が一斉に魔導小銃と対装甲バズーカを構え、火を噴いた。
密閉空間での一斉射撃。
常人なら一瞬で肉片に変わる、文字通りの弾幕の嵐。
だが、私のご主人様の歩みは、ただの一歩も止まらない。
「イザベラ。経費で落としますから、防壁は最高出力で」
「はいぃぃっ! 『イージス・ウォール』展開ですわ!」
ご主人様の背後に控えるイザベラさんが、震える指で魔導計算機を猛烈に弾く。
緑色の強固な六角形の魔力盾が、ご主人様の優雅な歩みに合わせて幾重にも展開し、殺到するすべての銃弾と爆風を涼しい顔で弾き返していく。
「さて、アリア。……掃除の時間です」
「イエス、マム! ご主人様の道を空けろォォォッ!!」
「一番犬」の出番だ。
誰よりも早く、大きく吠える。
足元の鋼鉄を蹴り割り、弾幕の嵐の中を銀色の残像を残してジグザグに疾走する。
血が沸騰する。
筋肉が歓喜の悲鳴を上げる。
標的は、格納庫の奥で巨大な砲身を向けている二機の防衛用多脚戦車。
昼間、私たちを壁に押し潰そうとしたあの薄汚い鉄屑の同類だ。
「装甲板ごときで、私の『牙』が防げると思うなッ!」
ズガァァァァァァンッ!!
私の右腕、『シルバー・ファング』から放たれたパイルバンカーが、一撃で戦車の分厚い前面装甲を紙屑のように粉砕し、内部の魔力機関を爆発させた。
数十トンの戦車が火ダルマになって吹き飛ぶ様を見て、周囲の兵士たちが絶望の悲鳴を上げる。
「ひぃぃっ! バケモノだ!」
「こっちにも来るぞ! 近接戦闘用意!」
恐怖に駆られた兵士たちが魔導剣を抜き、数に任せて私に群がろうとした。
上等だ。
私の爪と牙で、お前たちのその安い覚悟ごと噛み砕いてやる。
そう思ってさらに深く踏み込もうとした、その時だった。
「……ちょっと! 私のローズマリー様の前で、野良犬ばかりに良い格好はさせないわよ!」
漆黒の高級ドレスを翻し、あの泥棒猫――ベアトリスが前に躍り出たのだ。
は!?
ちょっと、何しゃしゃり出てきてるの!?
これは私の獲物なんだけど!
彼女は両手の指の間に、自身の宝石箱から鷲掴みにしてきた、色とりどりの『魔石』をトランプのように挟み込んでいる。
「喰らいなさい、貧乏人ども! 総額三千万ゴールドの爆発よ! 『ジュエル・バースト』!」
ベアトリスが投げつけた魔石が、群がる兵士たちの足元で次々と、そして極めて連鎖的に大爆発を起こした。
炎、氷、雷。
最高級の触媒から放たれる純度100%の魔法攻撃が、帝国兵たちをまとめて派手に吹き飛ばしていく。
「ど、どう野良犬! 私の財力の前にひれ伏しなさい!」
「うるさいな泥棒猫! 金にモノを言わせただけの攻撃で威張るな! 私が殴った方が早いし安上がりだ!」
「安い女ね! ローズマリー様にふさわしいのは、最高級の力よ!」
敵のど真ん中で、私たちは信じられないほど派手に、そして醜く張り合った。
絶対に負けられない。
ご主人様の隣で尻尾を振っていいのは、一番役に立つ私だけだ!
でも、悔しいけれど認めざるを得ない。
このマウントの取り合いによる破壊力は絶大だった。
私が物理で戦車やゴーレムを次々とスクラップにし、泥棒猫が広範囲の兵士を金の力で跡形もなく吹き飛ばす。
広大な第一格納庫の強固な防衛線は、私たちの暴走によって、たった五分で完全に瓦解し始めていた。
◇
「……ふん。泥臭いわね、相変わらず」
乱戦が一方的な蹂躙へと変わっていく中。
ご主人様の斜め後ろに控えていたベアトリスが、優雅に扇子を広げながら鼻で笑った。
「ローズマリー様。あの野良犬の汗臭い暴力など、見ていて目が穢れるだけ。……私が、最も美しく、最も『高価』な究極の殲滅劇をお見せするわ」
ベアトリスは、破れたドレスの懐から、ジャラジャラと重々しい音を立てて『とっておき』を取り出した。
それは、王都の裏社会の闇オークションでしか取引されないような、超高純度の使い捨て魔力爆晶の束だった。
「食らいなさい、貧乏人ども! これが私の『リキッド・アセット』よォォォッ!!」
ベアトリスは、全く躊躇することなく、その価値がある爆晶の束を、奥で再編成を試みていた敵の密集地帯へと無造作に放り投げた。
「な、なんだあれは!?」
「宝石……? いや、あれは魔力が……逃げろォォォッ!!」
ズドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
格納庫の半分が文字通り吹き飛ぶほどの、目も眩むような大爆発。
純粋で圧倒的な魔力の奔流が、帝国兵も強固なゴーレムも区別なく、すべてを跡形もなく消し炭に変えていく。
物理的な単体破壊力では私に劣るベアトリスだが、その「金に一切の糸目をつけない範囲殲滅力」は、まさに悪魔的だった。
……くそっ。ムカつく。
本当にムカつくけど、自分の全財産を文字通り「投げ打って」までご主人様に尽くそうとするそのイカれた愛の深さだけは、ちょっとだけ認めてやらなくもない。
口が裂けても言わないけど!
「おーっほっほっほっ! 見たかしら!? これが『プレミアム・ペット』の力! どうです、ローズマリー様! 私の方がお役に立つでしょう!?」
焦土と化した格納庫で高笑いするベアトリス。
「この泥棒猫ォ! 金にモノ言わせて私の獲物を横取りするな!」
「あら、腕力しか取り柄のない野良犬には、この極めて経済的な戦術が理解できないのかしら? 私はローズマリー様のために、この身の全財産を惜しみなく捧げているのよ!」
敵地のど真ん中で、再び始まる醜いマウントの取り合い。
私がガントレットで新たな敵の増援分隊を粉砕すれば、負けじとベアトリスはさらに高価な古代魔術スクロールを惜しげもなく引き裂いて、紅蓮の炎の嵐を巻き起こす。
「私が30人倒した!」
「私は今、1千ゴールド分の爆炎で50人吹き飛ばしたわ! 勝負あったわね!」
二人の常軌を逸した暴れっぷり――というより「どっちがより深くご主人様を愛しているか」を競う壮絶な痴話喧嘩の巻き添えにより、格納庫を防衛していた数百の兵力は、ものの数分で完全に壊滅してしまった。
「……はぁ。本当に手のかかる駄犬たちですね」
ローズマリーさんは、血と瓦礫の海と化した格納庫の中央を、服を全く汚すことなく、ヒールブーツの音を響かせて悠然と歩いていく。
「争っている暇はありませんよ。シドは間違いなく、この要塞の最上部……中枢管制室にいます。ここから先は上へ向かいます」
「「はいっ! ご主人様!!」」
ローズマリーさんの冷たい言葉一つで、私たちはピタリと争いをやめ、完璧な姿勢で傅いた。
そのあまりにも異質で狂気じみた私たちの主従関係に、瓦礫の陰に隠れて生き延びていた数名の帝国兵たちは、恐怖のあまり完全に戦意を喪失し、武器を捨てて泣き叫びながら逃げ出していった。
さあ、行くよ。
私たちご主人様の「二匹の犬」が、この空飛ぶ鉄屑を完全に食い尽くしてやる!




