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第78話 「天空の死闘。狂気のドッグファイトと鉄の城」

【同日深夜:帝都上空・高度三千メートル】

ゴォォォォォォォォォォッ!!!


私の鼓膜を物理的に破壊しそうなほどの爆音が、夜空を引き裂いていた。  


燃え盛る帝都の黒煙を突き抜け、重力という世界の絶対法則すら嘲笑うかのように垂直上昇を続ける異形の機械。


二台の最高級車を強引に接合した、私たちの『即席の翼(フランケンシュタイン)』。  


ブラック・スワンのV型12気筒魔力エンジンは、あの泥棒猫が供給した最高純度の魔石を貪り食い、本来の限界値の三倍以上の出力を叩き出していた。


マフラーから噴き出す魔力噴射の炎が、夜空に鮮やかな真紅の軌跡を描く。


「出力安定しません! 空気抵抗係数がメチャクチャですわ! 右の翼がもげそうです!」


後部座席に押し込まれたイザベラさんが絶叫する。  


強烈な風圧で息をすることすら困難な中、彼女は魔導計算機を必死に弾き続け、機体全体を包み込む『揚力結界』と『防風シールド』をミリ単位で調整していた。


「ひぃぃぃっ! ドレスが! 私の最高級シルクのドレスが風で千切れるぅぅ! それに顔にススがぁっ!」


「うるさいな、敗北者! 舌噛むから黙ってなさいよ! それとも私がガントレットで気絶させてあげようか!?」


「誰が気絶なんか! 私はローズマリー様のお供として、この特等席で最後まで……きゃあぁぁっ!?」


強烈な乱気流に煽られ、機体が大きく横に傾く。  


私は助手席から身を乗り出し、風圧をものともせずに銀色のオーラを放って機体のバランスを物理的に押さえ込む。


その後ろで、シートベルトにしがみついてギャーギャー喚くベアトリス。  


死と隣り合わせの高度三千メートル。


普通なら恐怖で失神する状況だ。  


だというのに、私の頭の中は「いかにしてこの生意気な新入りペットを黙らせるか」でいっぱいだった。


だいたい、特等席は私のここだ! 


後ろの座席で偉そうに!


「……静かにしなさい。舌を噛み切っても、労災は下りませんよ」


運転席で、ローズマリーさんは、強風に煽られる漆黒の髪を片手で押さえながら、恐ろしいほど冷静にステアリングを握っていた。  

 

彼女の視線の先には、月光を遮る巨大な絶望の塊が迫っていた。


                     ◇


雲海を抜けた瞬間、私たちの目の前に現れたのは、一つの空飛ぶ都市だった。


「……デカすぎだろ、おい」


後部のエンジンブロックにガッチリとしがみつき、スパナで必死に配線を繋ぎ止めていたガンテツ姉さんが息を呑む。  


シドが乗っ取った飛行要塞。  


全長は優に一キロを超え、分厚い漆黒の鋼鉄装甲で覆われたその姿は、空に浮かぶ島そのものだ。


下部には帝国の街を焼き尽くすための爆撃ハッチが不気味な口を開けている。  


「……シド。お前、どんだけ帝国に協力して、どんだけの同胞の血の犠牲の上にこれを作り上げやがったんだ……!」


ガンテツ姉さんは、その装甲に施された意匠を見て、ギリッと奥歯を噛み締めた。


その時。  


飛行要塞の側面に設置された無数の対空魔導砲塔が、一斉にウィィィンと鈍い駆動音を立てて旋回し、真っ直ぐに私たちへと砲身を向けた。


「ローズマリーさん! 来ます!」


「ええ。見えていますよ」


ドドドドドドドォォォォォンッ!!!


要塞の対空砲火が、夜空を一瞬にして真昼のように明るく照らし出した。

 

雨あられと降り注ぐ、高圧縮された魔力弾と炸裂弾。


一発でも直撃すれば、私たちの車なんて木端微塵だ。


「イザベラ、シールドの出力を前方に集中!」


「はいぃぃっ!」


「ガンテツ、エンジンのスロットルを強制開放! アリア、横揺れに備えなさい!」


私の大好きな、絶対的で完璧な命令が飛ぶ。  


直後、ご主人様はアクセルをベタ踏みしたまま、空中でステアリングを限界まで右に切り込んだ。


「……空でも魅せますよ。アシュトンの『本物の走り』をね」


ギャァァァァァァァァッ!!!


信じられない光景。


私たちの車は、イザベラさんの風魔法による空気の壁を路面として利用し、魔力噴射のベクトルを強引にねじ曲げたのだ。  


空中パワードリフト。  


真横を向いたまま、車体は弾幕の隙間を縫うように滑空し、炸裂する砲弾の爆風を逆に揚力として利用して一気に加速する。


「うそでしょぉぉぉ!? 空中でドリフトですの!?」


「ギャアアアアッ! 内臓が、内臓が寄るぅぅぅっ!」


「ひゃはははっ! すごい! もっと飛ばして、ローズマリーさん!」


絶叫する後部座席の二人と、狂喜する私。  


ああ、たまらない! 


「アリア! 右舷三時の方向! 弾きなさい!」


「了解ッ!!」


回避しきれない巨大な魔導砲弾が、側面に迫る。  


私は身を乗り出し、右腕の『シルバー・ファング』に極限まで銀色の魔力を収束させた。  


私は剣と盾だ。


ご主人様の牙だ。


「ご主人様に、かすり傷一つ、つけさせるもんかァァァッ!」


ドガァァァァァァンッ!!!


私の放った正拳突きが、着弾寸前の魔導砲弾を空中で物理的に殴り砕いた。  


凄まじい爆発の衝撃波と熱風が顔をかすめるが、どうってことない。


私のオーラが全てを食い破る。  


素手で砲弾を撃ち落とすという規格外の暴挙に、要塞側の砲手たちが混乱に陥っているのが分かった。


「ハァッ、ハァッ……! でも、ローズマリーさん! 数が多すぎるよ!」


私が連続で砲弾を殴り落とすが、要塞から放たれる弾幕は増す一方。  


後部で作業していたガンテツ姉さんが血相を変えて叫んだ。


「マズいぞ社長! 魔石の燃焼が追いつかねえ! 出力を上げすぎて、ガス欠だ!」


プスン……ガクンッ。


機体が不吉な音を立てて大きく沈み込む。


青白かった炎が、急激に弱々しく縮んでいく。  


嘘でしょ? 


ここで落ちるの? 


「このままじゃ落とされますわ!」


「……チッ。やはり、付け焼き刃のエンジンではここまでですか」


ご主人様が珍しく忌々しげに舌打ちをした、その時だった。


「……どきなさい!」


後部座席で震えていたはずのベアトリスが、ふらつきながらも立ち上がったのだ。  


彼女は、乱気流が吹き荒れる車外――剥き出しのエンジンブロックへと、ドレスを翻しながら這い出てきた。


「おい、アンタ! 何やってんだ! 吹き飛ばされるぞ!」


「触らないで、ドワーフ! ……ローズマリー様のペットとして、あの生意気な銀狼にばかり良い格好をさせておくわけにはいかないのよ!」


ベアトリスは、強風に顔を歪めながらも、自身の胸の谷間――コルセットの奥底に隠し持っていた「切り札」を取り出した。  


それは、大人の拳ほどもある『特級・深紅の魔石』だった。


「あ、あれは……! オークションで幻と言われた……!」


「ええ! 私の商会の魂よ! ローズマリー様! 私の『愛』と『財力』、とくとご覧あそばせ!」


ベアトリスは、燃え盛るエンジンの吸気口に、その超高純度の魔石を素手で強引にねじ込んだ。


「ぎゃあっ! あ、熱っ……! でも、絶対に……負けないわっ!」


私は、目を丸くした。  


チッ……。


ムカつく。本当にムカつく泥棒猫だ。  


でも、ほんの少しだけ……本当に米粒一つ分くらいだけは、アンタのその「狂った愛」を認めてあげる。


ドクンッ……!!


エンペラー・ルビーがエンジンの魔力回路と結合した瞬間、機体全体が脈を打つように大きく膨張した錯覚に陥った。  


そして次の瞬間。


ギュォォォォォォォォォォォォンッ!!!


マフラーから噴き出したのは、青白い炎ではない。  


夜空を二つに切り裂くような、禍々しくも圧倒的な「真紅の魔力噴射」だった。  


推進力が爆発的に跳ね上がり、フランケンシュタインは音の壁を突き破った。


「キャアアアアッ!」


「しゃ、社長ぉぉ! 機体が、機体が保ちませんわ!」


「よくやりました、ベアトリス! 後輩ペットとして、少しは見どころがありますね!」


ご主人様は、限界を超えてきしむ操縦桿を力強く引き絞った。


「アリア、イザベラ、ガンテツ! 衝撃に備えなさい! このまま要塞の『口』へ飛び込みます!」


真紅の流星と化した私たちの車は、弾幕を完全に置き去りにし、飛行要塞の下部――爆弾を投下するために開かれていた巨大なハッチへと、一直線に突進していく。


「ローズマリーさん! ハッチが閉まる! 間に合わない!」


「アリア。貴女の右腕は、飾りですか?」


「……ッ! イエス、マム!!」


心臓が爆発しそうに歓喜する。  


そうだ。私は飾りのペットじゃない。


ご主人様が一番頼りにしてくれている、最強の腕だ!


私は座席の上に立ち上がり、迫りくる分厚い鋼鉄のハッチの扉に向かって、両腕のガントレットを構えた。  


全身の血が沸騰する。


筋肉が、細胞が、ご主人様の期待に応えるために限界を超える!


「こじ開けるゥゥッ!!」


ズドォォォォォォォォォンッ!!!


要塞の装甲を突き破り、火花と鋼鉄の破片をまき散らしながら、私たちのキメラがハッチの隙間に強引にねじ込まれた。  


ギィィィィィィィッ!!という鼓膜を裂くような金属の悲鳴。  


私の怪力がハッチの閉鎖を物理的に押し留め、その隙間を、イザベラさんの防護シールドに包まれた車体がすり抜けていく。  


そのまま要塞内部の巨大な格納庫の床面に激突し、猛烈なブレーキをかけながら火花を散らして滑走する。  


数百メートル滑り、大量の資材やドラム缶をなぎ倒して、ようやくその狂気のドライブは完全に停止した。


プシューッ、とエンジンから白煙が上がり、限界を超えた車体がピキピキと音を立てる。


シン……と、格納庫に静寂が訪れた。  


要塞の警備にあたっていたドワーフの兵士たちや、帝国軍の寝返り兵たちが、突然空から降ってきた車の残骸を囲み、呆然と武器を構えている。


その沈黙の中。  


私はご主人様のエスコートをするために、いち早くひしゃげたドアを蹴り飛ばした。  


中から降り立ったのは、純白のレーシングスーツに身を包んだ、私の世界で一番美しい人。

 

強風で乱れた漆黒の髪を優雅に払いながら、ローズマリーさんは、周囲を取り囲む数百の兵器と銃口を前にして、冷酷で絶対的な笑みを浮かべた。


その後ろから、両腕から高熱の煙を上げる私と、巨大なレンチを肩に担いだガンテツ姉さん。  


魔導計算機を構えたイザベラさん、そして何故か勝ち誇るベアトリスが続く。


「……さて。無許可で空を飛んでいるテロリストの皆様」


ローズマリーさんの声は、広大な格納庫の隅々にまで、澄み渡るように響いた。


「私のマーケットを荒らした対価……高くつきますよ。きっちり清算して頂きましょうか」


さあ、反撃の時間だ。  


私の誇りであるこの牙を、ご主人様のために心ゆくまで振るわせてもらう!

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