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第71.5話 「水晶宮の観察者。狂科学者の収穫祭」

【視点:ヒルダ】

【同時刻:帝都・水晶宮クリスタル・パレス最上階VIPルーム】

眼下から響き渡る数十万人の絶叫が、分厚い防弾ガラスをビリビリと震わせていた。


「いけぇぇッ! アシュトンを潰せ!」

「帝国の力を見せてやれ!」  


愚かな市民たち。


そして、それに同調して拳を振り上げる軍の上層部の無能ども。  


私は、冷えたシャンパングラスを片手に、その熱狂をひどく冷めた目で見下ろしていた。


「……ああ。素晴らしいわ」


私の視線の先には、土煙を上げてコーナリングを決める王国の漆黒の車体――「ブラック・スワン」と、それに無様に置き去りにされる我が帝国の多脚戦車「アイアン・スパイダー」の姿があった。  


国の威信を賭けた最新兵器が、たかが一企業の車に敗北しようとしている。  


しかし、私の心に悔しさなど微塵もない。


むしろ、こみ上げてくるのは背筋が粟立つような極上の「歓喜」だった。


レースの勝敗? 


国家のプライド?  


そんなものは、最初からどうでもよかったのだ。


私はゆっくりと振り返り、部屋の壁一面を占拠する巨大な魔力測定器のモニター群を見上げた。  


画面には、コースを走るモデルA――いや、その運転席に座る銀髪の少女から発せられる「魔力の波長」が、リアルタイムでグラフ化されている。  


私がコースの途中に、車では到底走破不可能な「瓦礫地帯」や「急勾配の階段」を配置した本当の理由。


あの多脚戦車に、露骨な体当たりを命じていた理由。

 

それは、あの子を「極限状態」に追い込むため。  


死の恐怖と、主人を守らねばならないという重圧。


その二つのストレス負荷をかけなければ、彼女の肉体の奥底に眠る「本能」は顔を出さないと計算していたからだ。


モニターの緑色の波形が、次第に荒々しく脈打ち始める。  


そして――アリアが、魔力リミッターを解除し、物理法則を無視した超高速のドリフトを決めたその瞬間。

 

ピィィィィィィィィッ!!

 

測定器の警告音が部屋中に鳴り響いた。  


グラフの針がレッドゾーンを軽々と突破し、異常な数値を叩き出して、最後には計測上限を振り切って計器のガラスが小さく弾け飛んだ。


「……ビンゴね」

 

私はシャンパングラスをテーブルに置き、血のように赤いルージュを引いた唇をゆっくりと舐めた。  


その舌先は、極上の獲物を見つけた毒蛇のように、歓喜で濡れている。


「純度99%の野性の魔力。……数千年前に絶滅したはずの、原初の魔獣の波形と完全に一致。これで、証明された。完全な『先祖返り』の素体」

 

モニターに映るアリアの銀色のオーラを、私は眼鏡越しに愛おしそうに見つめた。  


私の多脚戦車なんて、最初からただの噛ませ犬に過ぎなかった。  


あの成金お嬢様――ローズマリーが鼻高々に披露している「魔力エンジン」など、帝国の技術力をもってすれば数か月でリバースエンジニアリングできる。


私が本当に欲しかったのは、機械の「心臓」なんかじゃない。  


あの銀色の獣の「生きた心臓」だ。


胸の奥で、マッドサイエンティストとしての冷たい狂気が黒い渦を巻く。  


解剖したい。  


あの強靭な肉体をメスで切り開き、美しい銀色の魔力がどのように細胞を行き来しているのか、この手で弄り回したい。  


彼女の遺伝子を培養し、帝国の兵士に組み込めば、無敵の部隊が完成する。  


生命の神秘という究極の真理が、今、あの薄汚い石畳の上を走っているのだ。


「……十分育ったわね。感謝するわよ、ローズマリー」

 

私は、勝利を確信して微笑む助手席のローズマリーに向かって、静かに呟いた。


「あの野良犬に、最高の食事を与え、愛情という名の首輪で魔力を極限まで制御できるように『調教』してくれた。貴女は最高のブリーダーよ。……でも、もうこれ以上、下等な商人のオモチャにしておくのは『人類の進歩』的には無駄遣いというものよ」

 

芸術品は、それを真に理解できる者の手にあるべきだ。  


私は、部屋の暗がりに息を殺して控えていた、黒装束の特殊部隊に向かって冷徹な声で命じた。


「……さあ、最高の果実が実ったわ。収穫(ハーベスト)の時間よ」


黒装束たちが、音もなく武器のセーフティを解除する。


「レースが終わった直後の、最も警戒が緩む瞬間を狙いなさい。あの銀狼を、生きたまま確保すること。……もし無理なら……、飼い主であるローズマリーを確実に確保なさい」


大歓声に包まれる水晶宮。  


チェッカーフラッグへと向かい、主人の横顔を見て誇らしげに微笑む漆黒のモデルA。

 

「待っていなさい、アリア。……すぐに私の冷たい実験台の上で、本当の快楽(イタミ)を教えてあげるから」

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