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第8話 「報酬(ご飯)の味と、ローズマリーの微かなデレ」

アシュトン公爵家の夜。  


広大なダイニングルームは、静寂に包まれていた。  


専属シェフたちも、使用人たちも、今夜は全員「休暇」を命じられて下がっている。


残っているのは、テーブルに突っ伏して魂が抜けかけている私と、キッチンに立つローズマリーさん、そして給仕役のカミーラさんだけだ。


「……お腹すいた。もう限界。胃袋が背骨とくっついちゃう」


私は呻いた。  


今日の学園初日は激動すぎた。  


イザベラにいじめられ、暗殺者に狙われ、噴水を破壊し、さらに給料から天引きされた。


精神的にも肉体的にもカロリー消費がマッハだ。


「お待たせしました、アリア。本日のディナーは、私が腕によりをかけて作りましたよ」


キッチンから、ワゴンを押してローズマリーさんが現れた。

 

いつものメイド服の上に、漆黒のエプロンを身に着けている。  


髪をポニーテールに結い上げたその姿は、普段の冷徹な「支配者」の顔とは違い、どこか家庭的な……いや、「マッドサイエンティスト」の雰囲気を漂わせていた。


「えっ! ローズマリーさんの手料理!? やったぁ!」


私はガバっと起き上がった。  


ご主人様の手料理。きっと天上の味がするに違いない!


「はい、どうぞ。本日のメインディッシュです」


 ローズマリーさんが銀のクロッシュを恭しく開ける。  


パカッ。  そこにあったのは、虹色に怪しく発光する肉の塊だった。  


……気のせいか、まだピクピクと動いている気がする。


「…………」


 私の笑顔が凍りついた。


「あ、あの……これは?」


「『深淵の大蛇(アビス・バイパー)』の希少部位のステーキ、特製ポイズンベリーソース添えです」


ローズマリーさんは涼しい顔で説明した。


「アビス・バイパーは猛毒を持っていますが、適切な処理をすれば滋養強壮に最適です。今日の貴女は、暗殺者のナイフ(毒塗り)をかすめていましたからね。毒には毒を。これで免疫力を高めなさい」


「毒をもって毒を制す理論!? お腹壊しませんか!?」


「大丈夫です。私の魔力で毒素は中和してあります。……たぶん」


「たぶんって言った!?」


 私が椅子ごと後ずさると、背後からカミーラさんがスッとナイフとフォークを手渡してきた。


「アリア様。ローズマリー様が他人のために料理をするなど、天地がひっくり返るほどのレアケースです。残したら……分かりますね?」


カミーラさんの目が「殺す」と言っていた。

 

私は覚悟を決めた。  


貧乏時代、腐りかけのパンも食べてきた。


光る蛇くらいなんて!


「い、いただきまーす!」


私は虹色の肉を切り分け、恐る恐る口に運んだ。  


咀嚼する。  


その瞬間。


「――んっ!?」


口の中に広がったのは、予想外の味だった。

 

濃厚な旨味。


とろけるような脂の甘み。

 

そしてベリーソースの酸味が、肉のクセを完璧に消し去り、爽やかな後味を残している。


「お、おいしぃぃぃぃ!!」


私は目を見開いた。


毒々しい見た目とは裏腹に、味は三ツ星レストラン級だ。


「なにこれ! すごい元気出てきた! 身体がカッカする!」


「でしょうね。精力剤としても使われる食材ですから」


ローズマリーさんはワイングラスを傾けながら、ガツガツと肉を貪る私を満足げに眺めた。


「貴女は燃費が悪すぎるのです。普通の食事では、魔力量を維持できません。これからは定期的に、こうした『魔物食』を取り入れて肉体改造を行います」


「魔物でも何でもいいです! おかわり!」


「ふふ、よく食べること」


ローズマリーさんは立ち上がり、私の口元についたソースを、自分のハンカチで拭った。


その仕草は、驚くほど自然で、優しかった。


「……え?」 


ローズマリーさんは、ふと遠くを見るような目をした。


「……私は、昔から偏食でね。他人が作った食事を信用できなかったのです。毒が入っているかもしれない、呪いがかかっているかもしれない……そう疑って、自分で料理をするようになりました」


彼女の孤独が、その言葉から滲み出ていた。


「だから、誰かにこうして料理を振る舞い、美味しそうに食べてもらうのは……初めてなのです」


ローズマリーさんは少しだけ頬を染め、眼鏡の位置を直した。


「……悪くない気分ですね。貴女のような単純な味覚の持ち主が相手だと、作り甲斐があります」


「ローズマリーさん……」


胸が、じんわりと温かくなった。  


ご主人様は、怖いしドSだし性格も悪いけれど、根っこは寂しがり屋で、不器用なだけなのかもしれない。


「私、ローズマリーさんの料理なら毎日食べたいです! 毒が入ってても、私が毒見役になりますよ!」


私が満面の笑みで言うと、ローズマリーさんは一瞬きょとんとし、それからフッと小さく笑った。


「馬鹿な子。……でも、合格です」


ローズマリーさんは私の頭を、わしゃわしゃと撫でた。


「いいでしょう。貴女が良い子にしている間は、私が食事の面倒を見てあげます。……私の大事な『飼い犬』を、飢え死にさせるわけにはいきませんからね」


「わん! 一生ついていきます!」


私は尻尾が見えるほど喜んだ。  


美味しいご飯と、優しいご主人様。ここは天国かもしれない。  


だが。  


私が最後の一口を飲み込んだ時、ローズマリーさんはスッと真顔に戻った。


「さて。エネルギー充填は完了ですね」


「……へ?」


「食べた分は、働いてもらわねばなりません。精がついたことですし……この後は新しい『訓練』を試しましょうか」


ローズマリーさんが懐から取り出したのは、新しい首輪と、鎖だった。  


カミーラさんが無言で食器を片付ける。


「え、あ、あの……お腹いっぱいで眠気が……」


「寝かせませんよ。食べたカロリーは全て魔力変換させます。さぁ、こちらへいらっしゃい」


ローズマリーさんの瞳が、妖しく、嗜虐的に輝く。  


私は悟った。  


天国の晩餐は、地獄のトレーニングへの栄養補給でしかなかったのだと。


「ごちそうさまでしたぁぁぁぁ!!」


私の悲鳴が、防音結界の中に吸い込まれていった。


                 ◇


その夜。  


地獄のようなトレーニングを終え、私は勢いよく自室のベッドに倒れ込んだ。


「はぁ~、疲れたよお……」  


ガチャリ。  


無慈悲な鍵の音が響いた。


「え?」


ドアの方を見ると、カミーラさんが外から鍵をかけ、一礼して去っていくのが見えた。


そして部屋の中に残ったのは――薄紫色のシルクのネグリジェを纏った、ローズマリーさんだ。  


湯上がりの肌が、照明の魔石に照らされて艶めいている。  


手には、琥珀色のオイルが入った小瓶。


「ロ、ローズマリーさん? 今日はもう、休憩じゃないんですか?」


「休憩? 何を言っているの?」


ローズマリーさんは妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりとベッドに近づいてくる。


「高価な魔物肉エネルギーを摂取し、トレーニングした後こそ、魔力回路の『拡張』に最適なタイミングなのよ。……食べた分は、身体で払ってもらいます」


「ひぃっ!?」


逃げようとする私。  


しかし、ローズマリーさんの指がパチンと鳴ると、ベッドから魔法の拘束帯が飛び出し、私の手足を大の字に固定した。


「あっ、ちょっ、これ……!」


「暴れないで。今日は特別念入りに、貴女の奥の奥まで……私色に染め上げてあげるから」


ローズマリーさんがベッドに上がり、私の上に跨る。

 

薄いシルク越しに、彼女の体温と柔らかさが伝わってくる。


冷たいオイルが、私の胸元に垂らされた。


「んっ……つめた……」


「まずは心臓に近い場所から。……貴女の魔力、随分と乱れてるから、今日は入念に、ね」


指が、オイルを伸ばしながら肌を滑る。  


ただのマッサージではない。


指先から流し込まれるローズマリーさんの支配的な魔力が、私の神経を直接愛撫していく。


「あ、あぐっ……! そこ、変な感じが……っ!」


「変? 気持ちいいの間違いでしょう? ほら、こんなに脈が速くなっている」


ローズマリーさんは楽しげに、私の乳房の輪郭を指でなぞり、敏感な突起を甘噛みするように摘んだ。


「ひゃうっ! だ、だめぇ! そこは魔力のツボじゃ……!」


「ええ、ツボです。ここを刺激すると、貴女は思考ができなくなって……ただの可愛い『雌犬』になる」


ローズマリーさんの顔が近づく。  


眼鏡越しのルージュの瞳は、とろけるような情欲と、加虐心に濡れていた。


「アリア、私の目を見なさい」


「うぅ……ごしゅじん、さま……」


「いい子。……学園で他の人間に目移りしないよう、ここに『印』を刻んでおくわね」


手が、私の太腿の内側――絶対領域へと滑り込む。

 

そこに、高密度の魔力を込めた指を押し当てる。


「ふ……あぁぁぁぁぁ!!」


焼印を押されたような熱さと、脳髄を焦がす快感。  


腰をくねらせ、艶めかしい曲線を描いた。


「あはっ……なんて素直な反応。可愛い、本当に可愛いわ、アリア」


ローズマリーさんは私の耳元で囁きながら、さらに深く、執拗に指を動かす。

 

痛みと快楽の境界線が曖昧になり、私の意識は白濁していく。

 

こわい、はずなのに。この人に触られると、どうして、こんなに安心するんだろう。

 

私は抵抗をやめ、ご主人様の腕にしがみついた。


「もっと……ご主人様の魔力、ください……」


「……ふふ。欲張りな駄犬ね」


ご主人様は愛おしそうに私の唇を指でなぞり、そして深く口づけを落とした。

 

夜はまだ、始まったばかりだった。

次回予告: 手料理と夜の調教で身も心もローズマリーに掌握されたアリア。 しかし、学園で待ち受けていたのは、生徒たちの奇異と畏怖の視線だった。  そこにアルベルト王子がが現れる!「君のような『強くて』『嘘が下手な』女性を、僕は好ましく思うよ」「は、はぁ……?」

次回、「甘い朝、鬼の授業、そして王子の急接近」

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