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幕間 「蜜とスパイス、そして愛の電流。地下室の実験報告書」

【深夜:アシュトン邸・地下室】

地上では、アシュトン・モーターズの株価高騰と、あの日差しのように眩しいアルベルト王子の求婚騒動で、国中が沸き立っているらしい。


王子と社長のロマンス? 


シンデレラストーリー?

 

馬鹿馬鹿しい。


そんなものは、表層の薄っぺらな喜劇に過ぎない。

 

真実は、この分厚い鉛と防音魔術で閉ざされた扉の内側にしかないのだから。

 

カツン、カツン……。

 

冷たい石床に響くヒールの音。

 

その規則正しいリズムが近づくたびに、私の心臓は肋骨を叩き割るような早鐘を打ち、下腹部が甘く、重く疼く。

 

部屋の中央、手術台のような無機質な台座。

 

そこで私は、手足を革のベルトで拘束され、仰向けに「張り付け」にされていた。

 

纏っているのは、薄いシルクのシャツ一枚だけ。

 

心細い? ううん。

 

この拘束具のきつさは、ご主人様の愛の強さだ。


逃げられないのではなく、逃がさないでいてくれるという絶対的な安心感。

 

私は今、世界で一番安全で、危険な場所にいる。


「……ご、ご主人様。これ、何のご褒美ですか?」

 

私は上目遣いで尋ねた。


声が震えてしまうのは、恐怖からじゃない。


期待で喉が渇いているからだ。

 

白衣を羽織り、片手にビーカーを持って微笑むローズマリーさんは、どんな聖女よりも慈悲深く、どんな魔物よりも残酷な、私の「神様」だった。


「決まっているでしょう。……今回の株式戦争、貴女はよく働きました。その『ご褒美』と……途中で弱音を吐いた『お仕置き』を同時に行うのです」

 

ローズマリーさんは、実験台の脇にあるワゴンを指差した。


そこには、今回の株価高騰で得た潤沢な資金を使って、世界中から取り寄せたという「怪しげな瓶」がずらりと並んでいた。

 

ご主人様、お金の使い方がおかしいです。

 

でも、その浪費の対象が「私を弄ること」だという事実が、どうしようもなく嬉しい。


「見てみなさい。東方の『黄金スパイス』、南国の『催淫カカオ』、そして帝国の闇市で手に入れた『感度倍増軟膏』……」

 

ローズマリーさんは、湯煎して溶かしたドロドロのチョコレートを、ガラス棒ですくい上げた。

 

濃厚なカカオの香りに、鼻腔をくすぐる微かなスパイスの刺激臭が混じる。

 

甘くて、危険な、堕落の匂い。


「まずは味見です。……貴女のその美しい肌を、プレートにしてね」


「ひゃっ……!?」

 

トロリ……。

 

熱い液体が、私の鎖骨から胸元へと垂らされる。

 

熱い! 焼けるように熱い!

 

でも、それ以上に……甘美だ。

 

粘り気のある感触が、肌にまとわりつく。


まるでご主人様の執着そのものみたいに。

 

私は身をよじろうとしたが、拘束具がガシャリと鳴ってそれを許さない。

 

ああ、そうだ。


私は動けない。されるがままだ。

 

その無力感が、たまらなく興奮を煽る。


「動かないで。……高価なカカオが溢れますよ」

 

ローズマリーさんは、私の肌の上を流れるチョコレートを、自身の細く冷たい指でなぞり、ゆっくりと広げた。

 

その指の動き一つ一つが、私の神経を逆撫でし、電流のような痺れを走らせる。

 

そして、チョコレートで汚れたその指を、私の口元へと差し出した。


「舐めなさい」

 

命令だ。絶対的な、主の命令。


「んっ……ちゅ、れろ……」

 

私は従順に、主人の指についた甘い蜜を舐め取った。

 

カカオの苦味と、砂糖の甘さ、そしてスパイスの痺れるような刺激。

 

それらが混ざり合って、脳がクラクラする。

 

ああ、私は今、ご主人様の指を舐めている……。


あの王子には一生できない、私だけの特権……!


この背徳の味を知っているのは、世界で私一人だけだ。


トロンとした熱が、瞳の奥に溜まっていくのが分かる。


チョコレートに含まれた微量の「媚薬成分」が、早くも私の理性を溶かし始めていた。


「いい子です。……では次は、私の開発した新薬のテストといきましょう」

 

ローズマリーさんは、青白い光を放つ瓶を開けた。


帝国の技術を解析し、さらに強化したという「神経過敏ジェル」。

 

……社長、その天才的な頭脳を、なぜ私の「開発」に全振りするんですか?

 

愛おしすぎて狂いそうだ。

 

彼女はそれを、私の太ももの内側や、脇腹、耳の裏といった敏感な場所に、丁寧に塗り込んでいく。


「ひぁっ! つ、冷たい……!」


「すぐに熱くなりますよ。……このジェルは、触覚を10倍に引き上げる効果があります」

 

10倍!?

 

そんなの、ただでさえご主人様の前では敏感になっているのに……!

 

私壊れてしまう!

 

ローズマリーさんが、ジェルを塗った私の脇腹に顔を寄せ、「フッ」と息を吹きかけた。

 

たったそれだけ。風が触れただけなのに。


「あぁっ!? だ、だめ、ご主人様! 息だけで……ビリビリするぅ!」

 

雷撃が直撃したかと思った。

 

背中が弓なりに反り、足の指先まで縮こまる。

 

神経が剥き出しになったような感覚。

 

シルクのシャツが乳首に擦れる音さえもが、快楽となって脳を揺らす。

 

空気の粒子が肌に触れるだけで感じてしまう。

 

怖い。


自分が自分じゃなくなっていくみたいで、怖い。

 

でも……もっと欲しい。


もっと壊して。


「フフッ。……感度は良好のようですね。なら、これはどうかしら?」

 

ローズマリーさんが取り出したのは、無骨な金属製のスティックだった。

 

先端には魔石が埋め込まれ、怪しげな紫色の光を放っている。

 

彼女がスイッチを入れると――

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ……!!

 

低く、重い振動音が地下室に響いた。


魔力のパルス振動を利用した、アシュトン製「マッサージ機(仮)」。

 

いや、あれは凶器だ。快楽の凶器だ! 


殺す気ですか!?


「さあ、アリア。……耐えられるかしら?」


「ま、待ってご主人様! 音が! 音がヤバいですよ! 待っ、ああっ!?」

 

ローズマリーさんは容赦なく、振動する先端を、ジェルで過敏になった私の太ももに押し当てた。


「ひイィィィィィッ!!?」

 

悲鳴が裏返る。

 

ただでさえ10倍になった感度に、魔力振動が直撃する。

 

波だ。


快楽の津波が、私の思考回路をなぎ倒し、自我を押し流していく。

 

快楽のオーバードーズ。

 

視界が白く弾ける。

 

名前も、過去も、未来も消える。


残るのは、ご主人様に与えられる「今」だけ。


「あ、あ、あ、あああッ! ご主人様! おかしくなる! 頭とけるぅぅッ!」


「溶けなさい。……貴女の思考も、理性も、すべて私色に染め上げてあげる」

 

ローズマリーさんは、冷徹な観察者の目と、加虐的な愛人の目を交互に浮かべながら、振動の周波数を上げていく。

 

私の体は魚のように跳ね、痙攣し、口からは甘い喘ぎ声と涎が溢れる。

 

恥ずかしい。


こんな無様な姿、誰にも見せられない。

 

でも、ご主人様だけが見てくれている。

 

私の中身を、ご主人様の魔力が掻き回して、書き換えていく。

 

ああ、幸せ……。


私は、アシュトンの、ローズマリーさんだけの玩具だ……!

 

拘束された手足が、シーツを握りしめようと空を切る。


そのすべてを、彼女は冷たく、熱く、愛で続けてくれた。


もっと、もっと深く刻んで。


私が誰のものか、魂に焼き付けて!


           ◇

【数時間後】

嵐のような「実験」が終わり、私は汗とチョコレートまみれになって、台の上で荒い息をついていた。


焦点の合わない目で、虚空を見つめている。


世界が回っている。


でも、心地いい浮遊感。


生まれ変わったみたいだ。ご主人様色に。


「……あぅ……ご主人様……すき……」

 

口から漏れたのは、偽らざる本音。

 

完全に開発されきった、忠実な駄犬の顔をしている自覚がある。

 

ローズマリーさんは、私の拘束を解き、温かいタオルで体を丁寧に拭いてくれた。

 

あれだけ酷いことをしたのに、最後の手つきは慈母のように優しい。

 

このギャップが、私を狂わせる。

 

飴と鞭。


その完璧な調合に、私はもう抗えない。


依存するしかない。


「よく耐えましたね、アリア。……データは十分に取れました」

 

ローズマリーさんは、私の額に優しくキスをした。

 

それは契約の印。


所有の証明。


「貴女の体は、もう私の刺激なしでは満足できない。……王子だろうが誰だろうが、駄犬を満足させることは不可能です」

 

これは「呪い」だ。

 

快楽という鎖で、私の魂を永遠に縛り付ける儀式。

 

私は、誰よりも高価で、誰よりも淫らな、ご主人様だけの所有物。


「はい……ご主人様。私は一生、ご主人様の実験台です……」

 

私は恍惚の表情で、ローズマリーさんの首に抱きついた。

 

甘いカカオの香りと、ご主人様の香水の匂い。

 

地下室の夜は、二人の絆を、血よりも濃い蜜のような関係へと変質させていた。

 

翌日、私が妙に艶っぽくなり、肌がツヤツヤしていたのを、ガンテツ姉さんたちが不思議そうに眺めていたけれど。

 

この秘密は、私とご主人様だけのもの。

 

一生、墓場まで持っていく、甘くて痛い秘密の味だ。

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