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第69話 恋のストップ高。王子、参戦

【数日後:アシュトン・モーターズ本社(拡張工事中)】

「しゃ、社長ぉぉっ! 大変ですわ! お金が……お金が金庫に入り切りません!」


早朝の社長室に、イザベラさんの幸せな悲鳴が響き渡った。  


彼女の目の前には、文字通り「金貨のタワー」が築かれていた。


床がミシミシと悲鳴を上げている。  


ベアトリス商会との「空売り戦争」に完全勝利し、さらに株価が天井知らずに高騰した結果、私たちアシュトン・モーターズには莫大な違約金と含み益が転がり込んだのだ。


その額、推定金貨10億枚。  


借金返済はおろか、最新鋭の工場をあと3つ建ててもお釣りが来る金額だ。  


夢じゃない。  


これでもう、ご主人様が金策に頭を抱えることもない。

 

よかった。本当によかった……!  


私たちの働きが、ご主人様の「安眠」に繋がったなら、それ以上の報酬はない。


「……ふふっ。ベアトリスからの『献金』、ありがたく使いましょう」


ローズマリーさんは、届いたばかりの最高級革張り社長椅子に深く腰掛け、優雅に紅茶を啜った。  


その姿は、完全に王都の支配者だ。  


スラムの廃工場から、一夜にして王都屈指の資産家へ。  


これからは平和な日々が――


パパラパッパパー!!

 

突如、部屋の外から、場違いなほど高らかなファンファーレが聞こえてきた。  


平和な朝が、物理的な音圧で崩れる予感。


「な、なに!? パレード!?」


私が窓から顔を出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

油臭い砂利道に、真紅のレッドカーペットが敷かれているのだ。  


その上を、王家の紋章が入った白亜の馬車と、煌びやかな近衛兵の列が行進してくる。

 

「ごきげんよう、ローズマリー嬢。……いや、今は『ローズマリー社長』と呼ぶべきかな?」


馬車から降り立ったのは、太陽の光をそのまま固めたような金髪碧眼の美青年。  


アルベルト王子殿下その人だった。  


「で、殿下!? どうしてこんなむさ苦しい場所に!?」


ガンテツ姉さんが慌てて油まみれのスパナを背中に隠す。  


だが、王子は爽やかに笑い、部屋の空気を一瞬で舞踏会に変えるような優雅な足取りで、ローズマリーさんの元へと歩み寄った。


「君の噂は王宮でも持ちきりだよ。……たった一人で物流革命を起こし、あの女帝ベアトリスを金融で打ち負かした『鉄の女帝』」

 

王子は、ローズマリーさんの手を取り、その手の甲に恭しく口づけをした。

 

ピキッ。

 

私のこめかみで、何かが切れる音がした。  


消毒しなきゃ。今すぐアルコールで消毒しなきゃ!


「……美しい。君の作ったチャートの曲線美よりも、君自身の知性が輝いている」

 

歯の浮くようなセリフ。


でも、王子の顔面偏差値が高すぎて絵になってしまうのが余計に腹立たしい。  


王子は、私の殺気など微塵も気づかない様子で、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「単刀直入に言おう、ローズマリー嬢。……僕も、君の『夢』に乗りたい」


「……と、言いますと?」


「王室費で、アシュトン株の10%を取得したい。……そして、君を王室御用達のパートナーとして迎えたいのだ」


王室による資本参加。  


それは、アシュトン・モーターズが「国の後ろ盾」を得ることを意味する。

 

ビジネスとしては願ってもない話だ。


断る理由がない。  


……ビジネスとしてなら。


だが、王子の瞳には、ビジネス以上の熱が籠もっていた。  


獲物を狙う、ハンターの目だ。  


彼はローズマリーさんの肩に手を回そうとして――


「もちろん、パートナーというのは……公私共々、という意味も含めてね。……君を、僕の妃に」

 

ドカッ!!

 

鈍い音が響いた。  


私の体が、思考するよりも先に動いていた。  


王子とローズマリーさんの間に、強引に割り込んだのだ。


「……お断りします!!」


王子の前に仁王立ちし、低い声で唸った。  


背中の毛が逆立っているのが自分でも分かる。


この距離には入れさせない!


「アリア?」


「社長は忙しいんです! ……工場を見たり、書類を見たり、あと……私とご飯食べたりしなきゃいけないんです!」


私は、王子の煌びやかなオーラに負けじと、瞳を輝かせた。  


「王子といえど、ローズマリーさんは渡せません! ……ご主人様の隣は、私の席なんです! どいてください!」


私は王子の胸をドンと押した。  


譲れないものは譲れない!  


アルベルト王子はきょとんとし、そして楽しそうに笑った。


「ははは! ますます可愛い番犬になったね。アリア。……だが、飼い主の意向はどうかな?」


王子は余裕の笑みでローズマリーさんを見た。  


ビジネスか、情か。  


王子の出資を受ければ、ベアトリスを完全に黙らせることができる。


会社は安泰だ。  


ローズマリーさんは、眼鏡の位置を直し、冷静に答えた。


「……殿下。出資のお話はありがたく検討させていただきます」


「ローズマリーさん!?」


私は絶望した顔で振り返った。  


嘘でしょう? 


私より、王子(おかね)を選ぶんですか?  


やっぱり、私はただの番犬で……。  


胸がズキズキする。


でも、ローズマリーさんは私の肩をぐっと抱き寄せた。  


そして、私の耳元に唇を寄せた。


「(……安心しなさい、アリア)」


ローズマリーさんの声が、甘く、艶かしく私の鼓膜を震わせる。  


背筋がゾクゾクする。


脳みそが溶けそうだ。


「私の会社の『筆頭株主』は、そこにいる従業員たちです。……そして、私の心の『支配権(マジョリティ)』を持っているのは……ね。ふふふ」


彼女は王子の前で、わざとらしく私の首筋に指を這わせた。  


冷たい指先が、熱い肌を滑る。  


まるで所有印を押すように。


「(……夜のベッドの上では、この駄犬だけですよ)」


ボッ!!


私の顔が、一瞬でトマトのように真っ赤に染まった。

 

頭から湯気が出そうだ。


心臓が破裂する!  


ひ、卑怯だ! そんなこと言われたら……!  


膝から力が抜け、ローズマリーさんにへなへなと寄りかかる。


「~~ッ!!/// ご、ご主人様……!」


尻尾があったら、千切れるほど振っているところだ。  


ああ、もう。この人には一生敵わない。

 

私は貴女のものです。骨の髄まで!


「……ふむ。今日は分が悪いようだね」


二人の間に流れる濃厚な、誰も入り込めない空気。  


それを察し、王子は肩をすくめた。  


だが、その目はまだ諦めていなかった。


「だが、僕は投資家だ。……有望な銘柄は、粘り強く狙わせてもらうよ。ローズマリー嬢」


                 ◇


ベアトリス、王子、そして私。  


三つ巴の「ローズマリー争奪戦」が、株価と共にヒートアップしていく中。  


ローズマリーさんの元に、一通の黒い封筒が届いた。


『国際技術博覧会への招待。……貴社の最新技術を披露されたし』


差出人は、帝国技術振興会。  


それは、単なる展示会ではない。


全世界の投資家と軍関係者が集まる、技術の見本市だ。


「……行きましょうか。事業を次に進めるステップです」


ローズマリーさんは招待状を指で弾いた。  


その顔は、恋の騒動などどこ吹く風。


新たな獲物を見つけた捕食者の顔だ。


「世界にアシュトンの名を轟かせ、ついでに帝国の鼻を明かしてやりましょう」


次なる舞台は、鉄と火薬の軍事大国・帝国。  


ご主人様が行くなら、地獄の底でもついていきます!  


でも、王子には一ミリも隙を見せませんからね!  


ご主人様の「心の筆頭株主」は、この私だから!

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