第60.5話 「難攻不落の城を落とす一番の方法」
【視点:ベアトリス】
【ベアトリス商会・秘密通信室】
卓上に置かれた通信用の魔導水晶が、淡い光を放ちながら明滅していた。
私はワイングラスを揺らしながら、そこから漏れ聞こえる部下の悲鳴に近い報告を聞いていた。
「ほ、報告しますベアトリス様! ……奴ら、ただの休憩所じゃありません。ここは『城』です! 物流と情報を支配する要塞です!」
男の声は震えていた。
無理もない。
私も送られてきた念写写真を見て、息を呑んだのだから。
荒野に輝く不夜城。
砂漠のオアシスのように、ドライバーたちの心と財布を鷲掴みにするシステム。
ローズマリーちゃん。
貴女は私が泥沼を作れば空を飛び、山で塞げば穴を開け、そして今度は……砂漠に楽園を作ってしまった。
ああ、なんて素敵なの。
貴女の才覚は、留まることを知らないのね.
胸の奥が熱くなる。
私の想像を遥かに超えてくる貴女が、愛おしくてたまらない。
けれど、部下の報告はまだ続いていた。
『……それに、看板娘の人気が異常です! 男どもは皆、あのアリアという娘に骨抜きにされています! タイヤ交換の速さも、愛想の良さも、人間業じゃありません!』
水晶の向こうから、ドライバーたちの熱狂的な歓声が微かに聞こえる。
アリア。
あの銀色の駄犬か。
写真の中の彼女は、私が眉をひそめるほど露出度の高い服を着て、屈託のない笑顔を振りまいている。
健康的な肢体。
溢れ出る生命力。
なるほど、荒くれた男たちには、高級な娼婦よりもああいう「野生の花」の方が効くというわけね。
「……ふふっ」
私は思わず失笑した。
嫉妬?
まさか。
あの野良犬がどれほど人気者になろうと、それはローズマリーちゃんが作り上げた「作品」の一部でしかない。
貴女は、あの筋肉バカさえも、完璧な「商材」として使いこなしている。
その冷徹な計算高さこそが、私の愛するローズマリーちゃんの本質だわ。
「……そう。看板娘の人気はどうなの?」
私は努めて冷静な声を返した。
「はっ! 凄まじいです! 誰もが『アリアちゃんのためなら死ねる』と……このままでは、物流の全てがあの女に握られます!」
部下はパニックになっている。
物流を握られるということは、この国の経済の血管を握られるということ。
それは、私ベアトリスの敗北を意味する。
でも、不思議と焦りはない。 む
しろ、私の頭脳は氷のように冷え、冴え渡っていく。
まるで城、ね……。
強固な城壁。
豊富な物資。
そして高い士気。
外から攻めるには、アシュトン・ステーションはあまりにも完成されすぎている。
力押しで潰そうとすれば、逆にこちらの評判を落とすだけでしょう。
ならば、どうするか?
答えは簡単よ。
難攻不落の城を落とす一番の方法は、城壁を壊すことじゃない。
城の中に、「疫病」を流行らせることよ。
「ふふっ。……いいわね。なら、その城ごと潰してあげるわ」
私はワインを一気に飲み干した。
喉を焼くアルコールの熱さが、私の加虐心を心地よく刺激する。
ローズマリーちゃん。貴女は「物」を作るのは天才的だわ。
車も、道路も、システムも完璧。
でもね、「人」はどうかしら?
貴女の下で働いているのは、金で雇われた職人や、スラムの貧民たち。
彼らの心は、貴女が作ったコンクリートほど頑丈かしら?
「……人は、裏切る生き物よ」
私は通信機を切り、手元のリストに目を落とした。
そこには、アシュトン建設で働く現場監督や、主要な職人たちの名前と、彼らが抱える「借金」や「家族構成」が記されている。
私の得意分野だ。
物理的な妨害が通じないなら、内部から腐らせてあげる。
「信頼、絆、忠誠心……。そんな綺麗な言葉が、金貨一枚でどれほど簡単に崩れ去るか。……教えてあげるわ、私の愛しいお姫様」
私はリストの一番上の名前に、赤インクで印をつけた。
楽しみだわ。
足元から崩れ落ちる絶望の中で、貴女がどんな顔をして私を見上げるのか。
その時こそ、私が貴女を「保護」してあげる最高のタイミングなのだから。




