第59話 「魔の山を切り拓け。ダイナマイト・ダンス」
【数日後:王都北部・魔の山「竜の背骨」】
土木ギルドとの提携により、道路工事は順調に進んだ。
だが、その先に待っていたのは、地獄の蓋を開けたような難所だった。
標高2000メートル。
切り立った断崖と、年中晴れることのない濃霧。
通称「竜の背骨」。
その名の通り、巨大な竜の骨のように険しい尾根が連なる、人跡未踏の山岳地帯だ。
「……ここ、空気が悪いです」
私は鼻をひくつかせ、険しい顔で淀んだ空を睨んだ。
私の勘が、強烈な警告を鳴らしている。
ピリピリと肌を刺す殺気。
ここは人間が踏み入っていい場所じゃない。
「ああ。硫黄の臭いと……魔物の糞の臭いだ」
現場監督となったイッテツ親方が、ツルハシを握りしめてガタガタと震えていた。
彼の背後では、あの屈強な土木作業員たちが、借りてきた猫のように怯えている。
「ここは『ワイバーン』の巣窟だ。……工事の音を聞きつけて、奴らが来るぞ!」
ギャァァァァァッ!!
予言は即座に的中した。
濃霧を切り裂き、翼開長5メートルを超える飛竜の群れが襲来した。
その数、およそ50体。
空を埋め尽くす捕食者の群れ。
「ひぃぃっ! 総員退避! 食われるぞ!」
「工事どころじゃねえ!」
作業員たちが我先にと逃げ出そうとする。
無理もない。
ツルハシで勝てる相手じゃない。
だが、私のご主人様は違った。
ローズマリーさんは測量機を覗き込んだまま、一歩も動かなかった。
「……逃げる必要はありません。好都合です」
「はぁ!? 死ぬぞお嬢ちゃん!」
「いいえ。……ちょうど『発破作業』の手間が省けます」
ローズマリーさんは測量機から顔を上げると、隣に立つ私の腰に手を回した。
そして、その唇を私の耳元に寄せ、甘く、とろけるような声で囁いた。
「アリア。……『共同作業』の時間ですよ」
ドクン。
心臓が跳ねた。
共同作業。
それはつまり、私とローズマリーさんだけの、誰にも邪魔されないダンスの時間。
背筋に電流が走る。
この地獄のような山が、一瞬でバラ色の舞踏会場に見えてくるから不思議だ。
普通なら「死ね」と言われているに等しい状況なのに、ご主人様に言われると、極上の愛の囁きに聞こえてしまう。
◇
ローズマリーさんから、大量の「魔導ダイナマイト」の束を渡された。
赤い筒の束。
まるで情熱的なブーケみたいだ。
「作戦を伝えます。……この山の岩盤は硬いですが、ワイバーンの巣穴がある場所は脆くなっています」
「うんうん」
「アリアが囮になってワイバーンを集め、巣穴ごと岩盤を爆破しなさい。……『害虫駆除』と『整地』を同時に行うのです」
常人なら「正気か?」と返すところだ。
命がいくつあっても足りない。
でも、私には最高の栄誉だ。
危険であればあるほど燃える。
だって、それを任せられるのは私だけだから。
私はダイナマイトを愛おしそうに抱え、満面の笑みで答えた。
「イエス、マム! 行ってきます!」
ダンッ!!
私は地面を蹴り、断崖絶壁へと躍り出た。
重力を無視して、垂直な岩肌を駆け上がる。
風になる。
銀色の狼になる。
「こっちだよ! 朝ごはんはここだよー!」
ギャオオオオッ!!
挑発に乗ったワイバーンの群れが、一斉に私を追う。
背後に迫る爪、熱波。
私は空中で体をひねり、迫りくる火炎ブレスを紙一重で回避する。
楽しい。
ゾクゾクする。
地上では、ローズマリーさんが私だけを見ている。
その視線を感じるだけで、私は無敵になれる。
「アリア、座標305! 右の岩棚です!」
地上からローズマリーさんの指示が飛ぶ。
拡声魔法を使ったその声は、的確かつ冷静だ。
「はいっ!」
私は空中でワイバーンの頭を踏み台にして再跳躍。
指示された岩棚――山の斜面が突き出た邪魔な部分――に着地すると、持っていたダイナマイトを岩の隙間にねじ込んだ。
「プレゼントをお届け!」
私が離脱すると同時、群がってきたワイバーンたちが岩棚に殺到する。
その瞬間。
「――起爆」
ローズマリーさんが指を鳴らす音が、遠くから聞こえた気がした。
ズドォォォォォンッ!!
紅蓮の爆炎が咲き誇る。
岩棚はワイバーンの群れごと吹き飛び、粉々になった土砂が谷底へ落ちていく。
爆煙が晴れると、そこには……綺麗に削り取られ、平らになった「道路予定地」が出来上がっていた。
「な、なんだありゃ……!?」
イッテツ親方が顎を外して絶句しているのが見える。
ふふん、すごいでしょう。
これが私とご主人様の「愛の力」ですよ!
◇
「次! 座標408! 左の鍾乳洞!」
「ラジャー!」
二人の共同作業は続く。
私が跳び、魔物を集め、爆弾を仕掛ける。
ローズマリーさんがタイミングを見計らい、地形を計算して起爆する。
一歩間違えれば私も巻き込まれる危険な作業。
だが、私たちの間に迷いはない。
今だ……ご主人様なら、ここで爆破する!
私は背後の爆発音を聞くことなく、爆風を推進力に変えて次の足場へ加速する。
振り返る必要なんてない。
ご主人様が私を傷つけるはずがないし、私がご主人様の計算を裏切るはずがない。
これは絶対的な信頼。
言葉よりも深い繋がり。
爆音すらも、二人のためのファンファーレに聞こえる。
(いい動きです、アリア。……私の計算よりもコンマ1秒速い)
ローズマリーさんの心の声が聞こえてくるようだ。
もっと。
もっと見て。
もっと褒めて。
私は爆炎の中を踊る。
ご主人様のために道を切り拓く。
ご主人様となら、地獄の果てまでだって行ける。
「……ふふっ。もっと踊りなさい、私の銀狼」
だが、山の主は黙っていなかった。
山頂付近の巨大な洞窟から、通常の3倍はある巨体の「クイーン・ワイバーン」が現れた。
『グルルルル……ガァァァァァッ!!』
クイーンの咆哮が空気を震わせる。
奴が陣取っているのは、峠を越えるための唯一のルート上だ。
「ローズマリーさん! デカいのが道を塞いでます!」
「どかせばいいのです。……アリア、最大火力を許可します」
ローズマリーさんは、自身の魔力を込めた特製の大玉ダイナマイトを、私に向かって投げ上げた。
「受け取りなさい! フィナーレです!」
「ナイスパスです! ご主人様! 決めて見せます!」
私は空中でそれを受け取ると、ニヤリと笑った。
最高のフィナーレだ。
私はクイーンの火炎ブレスを正面から突っ切る。
熱い。
作業着が焦げる。
髪がチリつく。
でも止まらない。
そこに、ご主人様が通りたい道があるなら、私がこじ開ける!
「どけぇぇぇぇッ!! そこはご主人様が通る道だぁぁッ!!」
ドゴォッ!!
私の拳を、ダイナマイトごとクイーンの眉間に叩き込む。
同時に、私はクイーンの顔面を蹴り飛ばし、反動で後方へ退避する。
「――サヨナラ」
ローズマリーさんが指を鳴らす。
カッ……ズガァァァァァァァンッ!!
山が揺れた。
クイーンの頭部が吹き飛ぶと同時に、その背後にあった岩山が綺麗にV字に崩落する。
崩れ落ちた岩石が谷間を埋め、それはあたかも、最初からそこに道があったかのような「橋」を形成した。
◇
爆煙が風に流されていく。
夕日に照らされた「竜の背骨」には、一本の平坦な道が刻まれていた。
魔物の死骸すら、路盤材として綺麗に敷き詰められている。
完璧だ。
これならモデルAも快適に走れる。
私たちが作った道。
ご主人様のための、ヴィクトリーロードだ。
私は、煤だらけの顔で空から降りた。
息は上がっているけれど、胸いっぱいの達成感。
「ただいまもどりました、社長! ……綺麗になりましたね!」
ローズマリーさんは、ハンカチを取り出し、私の頬についた煤を優しく拭き取った。
その指先が冷たくて、気持ちいい。
この瞬間が、一番のご褒美だ。
「ええ。……いい仕事でした。最高のパフォーマンスでしたよ」
「えへへ……。私も、ローズマリーさんと一緒で楽しかったです!」
二人は見つめ合い、硝煙と血の匂いが漂う中で、抱擁を交わした。
この匂いこそが、私たちの絆の証だ。
どんな高級な香水よりも、この硝煙の匂いの方が落ち着く。
周りの作業員たちは、もはやツッコミを入れる気力もなく、ただただ拍手を送るしかなかった。
「……バケモンだ。あいつら、山を一個『整地』しちまったぞ」
イッテツ親方が呆れながらも、頼もしそうに笑う。
「さあ、親方。……ベースは作りました。後はプロの仕事ですよ?」
ローズマリーさんに言われ、イッテツ親方は我に返った。
職人の魂に火がついたようだ。
「……ちっ! ここまでお膳立てされて、引けるかよ! 野郎ども、舗装だ! 日暮れまでに舗装を敷き詰めるぞ!」
「「「オオオオオッ!!」」」
土木ギルドが雪崩れ込む。
魔物はもういない。
あるのは希望へと続く道だけだ。
難所「竜の背骨」攻略完了。
こうして、アシュトン建設の伝説に、また新たな1ページが刻まれた。
でも、ローズマリーさんのルージュの瞳は、もう次を見ている。
私はその横顔を見つめながら、尻尾を振った。
次は何を壊しましょうか?
どこへ行きましょうか?
ご主人様となら、地獄の果てまでだってハイウェイを作ってみせますよ!




