第58話 「街道整備計画。土木ギルドの頑固親父を口説き落とせ」
【翌朝:王都郊外・嘆きの岩盤地帯】
そこは、旅人が「王都の鬼門」と呼んで恐れる難所だった。
見上げるような垂直の断崖絶壁。
黒光りする岩肌は、まるで私たちを拒絶するようにそびえ立っている。
過去、数多の土木業者が挑み、ツルハシを折られ、心を折られて敗れ去った「工事不能」の聖域。
その圧倒的な壁の前に、私たちアシュトン建設の一行と、腕組みをした土木ギルドの男たちが対峙していた。
男たちの視線は冷たい。
よそ者、それも女子供が遊びに来たと思っている目だ。
「へっ! ここだよ、お嬢ちゃん」
土木ギルド連合の大親方のイッテツが、巨大な岩壁を指差して鼻を鳴らした。
「この『嘆きの岩盤』をぶち抜いて、トンネルを通す。……期限は三日だ」
「み、三日ぁ!?」
イザベラさんが素っ頓狂な声を上げた。
「無茶苦茶ですわ! 王国の工兵隊が三年かけても数メートルしか掘れなかった場所ですのよ!?」
「出来なきゃ尻尾巻いて帰んな! 俺たち土木屋は、ベアトリス様からの『伝統』を守るのに忙しいんだ!」
土木ギルドの男たちがゲラゲラと笑う。
これは試験ではない。
体のいい追い出しだ。
私が前に出ようとした時、ローズマリーさんは涼しい顔で一歩前に出た。
『安全第一』と私の下手な字で書いてある黄色いヘルメットの顎紐を、パチンと締める。
その仕草だけで、空気が変わる。
「……三日ですか。随分と余裕をくれましたね」
「あぁ?」
「半日で終わらせます。……アリア、準備は?」
ご主人様が私を呼んだ。
待ってました!
ここからは私のステージだ。
私はローズマリーさんの背後から進み出た。
今日はスーツじゃない。
油と泥にまみれてもいい作業用ツナギに、ねじり鉢巻き。
そして手に、ガンテツ姉さんが一晩で急造した超巨大削岩機――というより、巨大な鉄杭を打ち出す「パイルバンカー」を握る。
ズシリと重い。
でも、この重さが心地いい。
「いつでもいけます、ローズマリーさん!」
私はニカっと笑った。
道がないなら、こじ開けるだけだ。
私の愛と筋肉で!
◇
ローズマリーさんは、岩壁の前に立ち、特殊な眼鏡を装着した。
そのルージュの瞳が、岩盤の奥の奥まで見透かしていく。
魔力密度、亀裂の走るライン、重心位置……私にはただの岩にしか見えないものが、彼女には数式として見えているのだ。
美しい。
指揮を執る彼女の横顔は、戦場の女神みたいだ。
「……構造解析完了。硬度Aランクの花崗岩ですが、魔力の共振周波数に脆さがあります」
彼女はチョークを取り出し、岩壁の数箇所に『×』印をつけた。
「アリア。あの印の場所に、角度35度で杭を打ち込みなさい。出力最大で」
「ラジャー!」
私は跳んだ。
数トンの削岩機を小枝のように軽々と振り回し、最初の印に狙いを定める。
全身のバネを使う。
ご主人様の指示通り、角度も力も完璧に!
ズドンッ!!
爆音と共に、鉄杭が岩盤にめり込む。
火花が散り、私の腕に強烈な反動が走る。
だが、岩は砕けない。
杭が刺さっただけだ。
「へっ、無駄だ無駄だ! その岩はただ硬いだけじゃねえ、衝撃を吸収するんだよ!」
イッテツが嘲笑う。
ローズマリーさんは、予想通りのリアクションに不敵に微笑んだ。
「ええ。だからこそ、内部から『破裂』させるのです」
ご主人様は、打ち込まれた鉄杭にそっと手を触れた。
「――起爆」
彼女が流し込んだのは、火薬ではない。純粋な圧縮魔力。
杭を伝わって岩盤の深層へ到達した魔力が、ローズマリーさんの計算した「断層」に沿って一気に膨張する。
ズズズ……ドォォォォォンッ!!
内側からの衝撃波。
難攻不落の岩壁に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
「な、なんだと!?」
「岩の急所を突きやがった!」
男たちの顔色が青ざめる。
これがアシュトン流の「発破」だ!
その時だった。
亀裂の奥から、地の底から響くような不気味な咆哮が轟いた。
『グオオオオオオッ!!』
岩盤が崩れ、中から巨大な岩石の怪物――ロック・イーターが現れた。
体長10メートル。
全身が岩の鎧で覆われた、生きた要塞だ。
工事の振動で目を覚ましたらしい。
不機嫌そうに赤い目を光らせている。
「うわぁぁっ! 出たぞ! ヌシだ!」
「逃げろ! 食われるぞ!」
土木ギルドの男たちがパニックに陥り、散り散りになる。
イッテツ親方も顔色を変えた。
「まずいぞ……! 試験は中止だ! お前らも急いで逃げろ! ありゃあ土木屋の手に負えるもんじゃねえ!」
巨大な顎が、私たちに迫る。
普通なら、ここで撤退だ。
誰だってそうする。
でも、ローズマリーさんは一歩も動かない。
眼鏡の奥の瞳が、冷静に怪物を「資材」として値踏みしている。
「アリア。……ちょうどいい『重機』が来ましたね」
その言葉だけで、私は全てを理解した。
ご主人様が「やれ」と言っている。
だったら、私は「やる」だけだ。
「はい! 高性能なドリル代わりになりそうですね!」
私は逃げるどころか、突進してくるロック・イーターの顔面に、真正面から飛び込んだ。
久しぶりの獲物だ。
工事の邪魔をする奴は、岩だろうが魔物だろうが許さない!
「お仕事の邪魔だぁぁぁッ!!」
ドガァァァァッ!!
拳で、魔物の硬い鼻先を粉砕する。
魔物が悲鳴を上げてのけぞる。
私はその隙を見逃さない。
ひるんだ魔物の尻尾をガシッと掴む。
重い。
岩の塊だ。
でも、持ち上がらない重さじゃない!
私の筋肉が歓喜の声を上げている!
「そ~れッ!」
その巨体を、背負い投げの要領でブン回した。
遠心力が唸りを上げる。
風が私の髪をかき乱す。
狙うは一点、さっき亀裂が入った一番脆い場所!
ズドォォォォンッ!!
私は、魔物をそのまま岩壁の「一番硬い部分」に叩きつけた。
魔物の硬い甲羅と、岩盤が激突する。
最強の矛と最強の盾がぶつかり合う音。
凄まじい衝撃で、削岩機でも砕けなかった深層部が粉々に砕け散った。
「ぎゃああああ……(魔物の断末魔)」
魔物は気絶し、岩壁には大穴が開いた。
一石二鳥。
いや、一魔物二穴。
「……な、なんて馬鹿力だ……」
職人たちが口をあんぐりと開けて固まっている。
ふふん、見たか。
これがアシュトン家の「駄犬」の実力だ!
◇
「仕上げです! ガンテツ、支柱を!」
「おうよ!」
穴が開くと同時、待機していたガンテツ姉さん率いるアシュトン建設の部隊が、一斉に突入した。
その数は優に数百人。
ローズマリーさんが用意した大量のモデルAトラックが、途切れることのないピストン輸送で次々と資材を運び込む。
鋼鉄製の支保工、コンクリート、照明器具。
泥と汗にまみれた作業員たちの熱気が、薄暗いトンネル内に渦巻く。
そして、この難工事の要となるのが、ローズマリーさんの魔法。
彼女はトンネルの全周にわたって魔力を放射し、崩れやすい周囲の壁面を強固な魔力の膜で固定していく。
ご主人様、顔色が……。
私は資材を運びながら、ご主人様の様子を伺った。
額に汗が滲んでいる。
魔力の消費が激しいのだ。
ずっと魔法を使い続けている。
倒れてしまわないか心配だ。
私がもっと頑張らなきゃ。
ご主人様の負担を少しでも減らすんだ!
「らあぁぁぁっ!」
私は鉄骨を3本まとめて担ぎ、トンネルの奥へと走った。
走れ、私。
動け、筋肉。
瞬く間に、荒々しく穿たれただけの穴は、均整の取れた強固なトンネルの形へと整えられていく。
不可能と思われた工事が、着実に現実のものとなっていく。
◇
そして、夕暮れ時。
岩山の向こう側から、一筋の夕日が差し込んだ。
「貫通……したぞ……」
イッテツ親方が、震える声で呟く。
三日どころか、半日。
ご主人様による精密な計算と、私の規格外のパワー、そしてガンテツ姉さんたちの手際の良さが生んだ奇跡のトンネル。
私は、泥だらけの顔でイッテツ親方の前に立った。
ヘルメットを脱ぐ。
心地よい疲労感が全身を包んでいる。
泥の匂いと、達成感の味。
最高だ。
「どうですか、親方! 私たちの『仕事』は!」
イッテツ親方は、綺麗にくり抜かれたトンネルの断面を撫でた。
歪み一つない、完璧な施工。
彼は深くため息をつくと、被っていた手ぬぐいを取り、頭を下げた。
「……完敗だ。ベアトリス様の金でも、王国の権力でも砕けなかった岩を……お前らは砕きやがった」
イッテツ親方は、ゴツゴツした手を私に差し出した。
その手は、もう私たちを拒絶していない。
「認めよう。……お前らは今日から、俺たちの『兄弟』だ」
その言葉が、何よりも嬉しかった。
ガシッ!
私はその手を強く握り返した。
「よろしく頼みますよ、兄弟!」
職人たちの間から、歓声と拍手が沸き起こった。
「すげえぞ姉ちゃん!」
「あのロック・イーターを投げ飛ばすなんて!」
「アシュトン建設、万歳!」
◇
その夜、現場では盛大な宴会が開かれた。
土木ギルドの加入により、アシュトン・モーターズは最強の「実働部隊」を手に入れたのだ。
焚き火の前で、イッテツ親方がローズマリーさんに酒を注ぐ。
「しかし社長さんよ。……これで道は作れるが、ベアトリス様は黙っちゃいねえぞ? 次はもっとエグい妨害が来る」
「望むところです。……道が繋がれば、私の車が世界を制します」
ローズマリーさんは、完成したトンネルの向こうに広がる闇を見据えた。
炎に照らされたその横顔は、誰よりも美しく、頼もしかった。
あぁ、綺麗……。
この人は、もう次の戦場を見ている。
「次は『山』の次は『川』、そして『街』です。……この国中の血管を、私たちが繋ぎ直すのです」
インフラ戦争、第一関門突破。
どこまでもお供します、ご主人様。
ご主人様の進む道に壁があるなら、私が全て粉砕してみせるから。




