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第51話 「王都グランプリ。公道最速の秘書」

【王都中央広場・特設サーキット】


王都の熱気は、沸点に達していた。

 

建国記念日すら凌駕する数万の大観衆が沿道を埋め尽くし、バルコニーというバルコニーから貴族たちが身を乗り出している。  


瓦礫の中から立ち上がったアシュトン・モーターズの「大衆車」と、隣国の女帝が操る「スーパーカー」。  


この世紀の対決を一目見ようと、市民だけでなく、復興中の貴族たちも興奮を隠せない様子だ。


パパパパパッ!


空に五色の魔法花火が打ち上がり、王宮騎士団によるファンファーレが高らかに鳴り響く。


広場を見下ろす貴賓席に現れたのは、アルベルト王子。


「市民よ! 今日、我々は歴史の目撃者となる!」


アルベルト王子の声が拡声魔法で広場に響く。


「剣ではなく、技術で! 魔法ではなく、エンジンで! 誰が一番速いのかを決める、平和で野蛮な戦いだ! ……アシュトン・モーターズ、そしてアリア! 私に『新しい時代の風』を見せてくれ!」


「「「うぉぉぉぉぉぉッ!!」」」


地鳴りのような歓声。  


私は、小さく武者震いをした。


                 ◇


【王都中央広場・アシュトンチーム・ピット】


スタートラインの脇、簡易テントの下で、ドワーフのガンテツ姉さんが最後の調整を行っていた。


ガチンッ! ギュルッ!


巨大なスパナでボルトを締め上げ、油まみれの顔を拭い、ガンテツ姉さんが私を見上げる。


「よし。足回りはガチガチに固めておいたよ。……これならどんな衝撃でも耐えられる」


「ありがとう、ガンテツ姉さん! ……でも、相手はあのスーパーカーだよ。勝てるかな?」


私が不安げに、隣のテントで輝く流線型の「レッド・スコーピオン」を見る。  


流線型の美しいボディ。


最新鋭の魔導技術の結晶。


対してこっちは、鼻骨なメタルボディだ。


ガンテツ姉さんはニカっと笑い、私の頭をバシッと叩いた。


「ビビってんじゃないよ。……いいか、アリア。攻略法を教えてやる」


「攻略法?」


「あっちの車は『サラブレッド』だ。速いが、足元が脆い。……対してこっちは『(タンク)』だ」


姉さんは、無骨なボディを愛おしそうに撫でた。


「アタシが組んだエンジンとボディだ。絶対に壊れねえ。……だから、減速なんて考えるな。コーナーだろうが段差だろうが、この重さと頑丈さを信じて突っ込め。……道がなけりゃ、お前がこじ開けるんだよ!」


「……!」


そうだ。かつて冒険者時代、ボロボロの剣でも姉御が直してくれれば、どんな魔物も切れた。  


姉御が「壊れない」と言えば、隕石が落ちても壊れないのだ。


「分かった! ……行ってくる!」


                  ◇


【スタート:熱狂の渦】


スタートラインには、対照的な二台のマシンが並んでいた。

 

エンジン始動前。


張り詰めた空気の中、ベアトリスが優雅にスコーピオンから降り立ち、こちらの運転席へ歩み寄ってきた。

 

彼女はサングラスを指で少し下げ、窓越しに私とローズマリーさんを見下ろした。


「あらあら。……そんな鉄屑で、本当に完走できるの? 途中で分解しても知らないわよ?」


甘く、毒を含んだ声。  

 


私はカッとなった。


私のことはいい。


でも、姉御の魂とご主人様を侮辱するのは許さない。  


助手席のローズマリーさんは、膝の上のコース図から目を離さず、冷ややかに返した。


「ご心配なく。……頑丈さだけは保証します。貴女のその華奢なオモチャと違ってね」


「フフッ、強がりを。……ねえ、アリアちゃん?」


ベアトリスは視線を私に移し、ねっとりと微笑んだ。


「私が勝ったら、アリアちゃんは、私のペット。 ふふふ。ローズマリーちゃんより『いい首輪』を用意して待ってるわ」


「……ッ! 誰がアンタなんかのペットになるか!」


ふざけるな。私の首輪を握れるのは、世界でただ一人、ローズマリーさんだけだ。  


「ベアトリスこそ、アシュトン・モーターズへの出資の用意をしておいてください」


ローズマリーさんは冷たくつぶやいた。その声には絶対的な王者の響きがある。


「ふふふ。負け犬の遠吠えね」


ベアトリスは満足げに笑い、スコーピオンへと戻っていった。


「……言ってくれますね、あの商売女」


ローズマリーさんが眼鏡の位置を直す。


そのルージュの瞳の奥で、冷たい怒りの炎が燃え上がっていた。


ああ、ご主人様が本気だ。


ゾクゾクする。


「アリア。……あの女の鼻っ柱、へし折って差し上げなさい」


「イエス、マム! ……ぶっちぎってやります!」


私の闘志が最高潮に達する。  


エンジン始動。


キュルルル……ズドォォォォォンッ!!


モデルAの重低音が、猛獣の咆哮のように轟く。  


キィィィィィン……ヴォォォォンッ!!  


スコーピオンの甲高い音が鼓膜を刺す。


運転席の私は、ガチガチにハンドルを握りしめた。  


負けられない。絶対に。


「し、社長……緊張してきました……」


助手席のローズマリーさんが、震える私の手の上に、自分の手を重ねた。  


冷たくて、でも芯の通った手のひら。  


その感触が、私の熱すぎる血を鎮めてくれる。


「大丈夫です。……駄犬はただ、その野生の勘で『一番速い道』を選びなさい。責任は全て私が取ります」


「一番速い道……」


迷いが消え、獣の光が宿る。  


そうだ。


私は走るだけだ。


ご主人様が引いたルートの上を、最速で!


イザベラさんが、広場の中央に進み出た。


彼女が振り上げた旗が、風にはためく。


「王都一周公道レース! レディ……」


ヴォォォォンッ!!  

ズドズドズドッ!!


エンジンの回転数が上がる。


「王都グランプリ、スタート!!」


フラッグが振り下ろされた。


キキィィィィィッ!!


タイヤが白煙を上げ、二台が同時に飛び出した。  


しかし、性能差は残酷だ。


スコーピオンは矢のように加速し、みるみる小さくなっていく。  


対するモデルAは、車重が災いし、牛のような出足だ。


「遅い! 遅いです社長! 置いていかれます!」


「想定内です。ストレートでのスペック勝負で勝てるわけがありません」


ローズマリーさんは前を見据えたまま言った。


「勝負はここから。……第2セクション、貴族街の丘陵地帯へ入ります。ここからは『ダウンヒル』です」


                   ◇


【第2セクション:ダウンヒル】


コースは王都を見下ろす丘の上へ。  


そして、そこから一気に駆け下りる急勾配のワインディングロード。  


先行するベアトリスは、優雅にハンドルを切っている。


「アリア! ヘアピンカーブです! 減速!」


ローズマリーさんの指示。  


でも、私の本能が違うと叫んでいる。  


重い……重いな、こいつ。  


私は思い出していた。


ガンテツ姉さんの言葉を。  


『重さを信じて突っ込め』。


そうだ……昔狩った『鉄喰い熊』と同じだ。


かつて山で戦った『鉄喰い熊』。  


奴らは全身筋肉と鋼の鎧で覆われた重量級だ。


でも、下り坂ではその体重を全て加速に変え、雪崩のように突っ込んでくる。  


重さを殺すんじゃない、利用するんだ!


「いいえ、踏みます!」


私はコーナーの入り口で、あえてブレーキを一瞬遅らせた。  


前輪に荷重を移動させ、一気にハンドルを切る。  


リアタイヤが滑り出し、車体が斜めになる。


ギャギャギャギャギャッ!!


重たい車体を遠心力で振り回し、滑るようにコーナーをクリアしていく。  


景色が流れる。


重力が横から襲う。


でも、怖いどころか楽しい!


「なっ!?慣性ドリフト!?」


ベアトリスがバックミラーを見て息を呑むのが見えた。  


ガオンッ!


私はスコーピオンのリアバンパーに、モデルAのフロントを軽くキスさせた。  


愛の挨拶(煽り運転)だ。


「こんにちはベアトリスさん! 道、譲ってくれませんかぁ!?」


「や、やってくれるわね! ワンちゃん!!」


               ◇


【第3セクション:スラム街】


二台は団子状態で、王都の下町――スラム街エリアへと突入した。  


道幅は馬車一台分。


直角コーナーの連続。  


でも、ここは私の庭だ。


どの路地がどこに繋がっているか、全部知っている。


「右、左、次、右!」


私はナビより早く反応し、路地を駆け抜ける。  


だが、スコーピオンの性能が牙を剥く。最新のサスペンションが路面を捉え、鋭いコーナリングで私を突き放す。


「くっ、曲がる性能が違いすぎる! 外に膨らんで追いつけない!」


その時、私の視界に道路の端にある「排水溝」が入った。  


あれだ……!


「社長! しっかり掴まっててください! 舌噛みますよ!」


「アリア!? そこは道ではありません、溝です!」


私はハンドルを限界まで切り込み、イン側のタイヤを排水溝に叩き落とした。


ガガガガッ!!


タイヤが溝に引っかかる。  


私はそれをレール代わりにして、遠心力を無理やり殺し、鋭角にターンを決めた。  


「うぉぉぉぉぉぉッ!!」


火花を散らしながら、モデルAがスコーピオンの内側をえぐる。


「嘘でしょ!? サスペンションが壊れるわよ!?」


ベアトリスが驚愕する。  


普通の車なら車軸が折れる荒技だが、ガンテツ姉さんが鍛え上げた足回りは悲鳴一つ上げない。


「ガンテツ姉さんの技術は世界一だぁぁぁッ!!」


姉御の作った車をナメるな!  


火花を散らしながら、モデルAが再びスコーピオンに食らいつく。


                 ◇


【第4セクション:最終コーナー前】


レースは終盤。


再び大通りへ出る手前の狭い路地。   


ベアトリスは焦っていた。


彼女は車体を左右に振り、私の進路を塞ぐブロック走行に出た。  


道幅が狭い。


抜けない。


「汚い! 右も左も塞がれてる!」


「このままではゴールまで抑え込まれます!」


ローズマリーさんが叫ぶ。  


目の前には、ゴールのある中央広場へと続く最終コーナー。


そこを抜ければホームストレートだ。  


ベアトリスはインコースをガッチリと締めている。  

 

私は歯噛みした。


負ける? 


嫌だ。


絶対に嫌だ。  


その時、ふと沿道の観衆の割れ目が目に入った。  


そこは道ではない。


広場へと歩いて降りるための、急勾配の長い「石階段」だ。  


『……道がなけりゃ、お前がこじ開けるんだよ!」

『……駄犬はただ、その野生の勘で『一番速い道』を選びなさい』


ガンテツ姉さんとローズマリーさんの声が脳内に響いた。


道がないなら……作ればいい!  


この車なら行ける! 


ご主人様となら飛べる!


「ローズマリーさん! 飛びますよ!」


「は!? アリア、まさか!?」


モデルAは最終コーナーを無視し、柵の切れ目から石階段へとダイブした。  


インベタのさらにイン。


空中を描くラインだ。


ズガガガガガガッ!!


銀色の車体が、階段をジャンプしながら駆け下りる。  


内臓が浮き上がる感覚。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


ローズマリーさんの可愛い悲鳴。


ごめんなさい、あとでいくらでもお仕置きされますから!


「ひゃっはぁぁぁぁぁぁッ!! これが王国走りだ!!」


コーナーを曲がっていたベアトリスは、頭上から降ってくる私たちを見て絶句した。


「なっ……!?」


ズドォォォォォンッ!!


モデルAが着地したのは、ホームストレートのど真ん中。  


スコーピオンの、わずか一車身前方だった。


「抜かれた!? この私が!」


焦ったベアトリスが、赤いスイッチを押した。  


「魔導ニトロブースト」。  


スコーピオンのマフラーから紅蓮の炎が噴き出し、爆発的な加速で並びかける。


残り200メートル。  


二台のマシンが並走し、互いのボディを擦り合わせるドッグファイト。


「パワーが違いすぎます! 抜かれます!」


「……いいえ。負けません」


助手席で、ローズマリーさんが眼鏡を光らせた。  


ご主人様は自分の両手をダッシュボードに突き立てた。


「リミッター解除。……私の全魔力を、アリアの闘気ごと喰らいなさい!!」


「うぉぉぉぉぉッ!!」


 カッ!!


モデルAの全身から、銀色のオーラが噴き出した。  


ローズマリーさんの魔力が車体を伝って私に流れ込み、私の闘気と混ざり合う。  


熱い。


身体中が燃えるようだ。  


二人で一つになったみたいだ。


これなら、負ける気がしない!


ズドォォォォォォンッ!!


銀狼が吠えた。  


ゴールライン直前、モデルAの鼻先が、スコーピオンよりわずかに前に出る。


バッ!!


イザベラさんの振るチェッカーフラッグが、風を切った。


「勝ったぁぁぁぁぁッ!!」


王都を揺るがす大歓声。  


私はハンドルに顔を埋めた。


全身汗だくだ。  


隣のローズマリーさんは、髪も服も誇りまみれで、眼鏡がずり落ちていたが、その表情は今まで見た中で一番晴れやかだった。


                 ◇


ベアトリスが、スコーピオンから降りてくる。  


彼女は悔しそうにヒールで地面を蹴ったが、すぐに私たちの元へ歩み寄り、拍手を送った。


「……完敗よ。あんな無茶苦茶なショートカット、予想できるわけないわ」


「ルールブックには『階段禁止』とは書いてありませんでしたから」


ローズマリーさんが不敵に返す。  


ベアトリスはふっと笑い、意味深な視線を投げかけた。


「まあいいわ。今回の勝負は、あなたたちの勝利。約束通り、融資してあげる。」


彼女は真紅の車に乗り込みながら、背越しに告げた。


「でも次は、もっと大きなゲームで勝負を楽しみましょう。ローズマリーちゃん、アリアちゃん」


そう言い残し、ベアトリスは走り去っていった。  


勝った。


私たちは勝ったんだ!


「私たちの勝利だあああ!」


「ええ、よくやりましたね! 最高の駄犬です!」


私が車から降りると同時、ピットから二つの影が飛び出してきた。


「アリアーッ!!」


「社長ーーッ!!」


ガンテツ姉さんとイザベラさんだ。  


ガンテツ姉さんは私を運転席から引きずり出すと、力任せに抱きしめた。


「よくやった! 本当によくやった! アタシの車を信じてよく突っ込んだな!」


「姉御、苦しい! あばら折れる!」


イザベラさんは、ローズマリーさんに駆け寄り、手を取り合って跳ね回っている。


「凄いです! 歴史が変わりましたわよ!」


「ええ……。本当に、無茶苦茶な社員たちですね……」


ローズマリーさんは髪を直しながら、それでも満面の笑みを浮かべた。  


ああ、この場所だ。


私が求めていたのは、この温かさだ。


ベアトリスが悔しそうに去っていく背中を見送った後、ガンテツ姉さんがニヤリと笑って、隠し持っていた巨大な酒瓶を取り出した。


「祝いだ! アシュトン・モーターズの船出にな!」


ポンッ!!


コルクが弾け飛ぶ。  


姉さんは瓶を振り回し、泡立つ酒を三人に向かってぶちまけた。


「うわっ!? 冷たっ!」


「ちょ、ガンテツ! このレーシングスーツ高いんですから!」


「きゃあ! ベタベタしますわ!」


頭から酒を浴びて、びしょ濡れになる四人。  


でも、誰も怒らない。


みんな笑っている。  


私は酒の滴る顔を拭い、太陽のような笑顔で叫んだ。


「最高だぁぁぁッ! みんな大好きだぁぁぁッ!!」


王都の広場に、四人の笑い声と、甘い酒の匂いが広がっていく。  


それは、アシュトン家の反撃の狼煙であり、世界最強のチーム結成の証だった。

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