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第5話 「影武者修行(マナー)は地獄、夜のお仕置きはもっと地獄」

アシュトン公爵家の朝は早い。

 

まだ太陽が昇りきらない薄暗い時刻、私の部屋のドアが無慈悲に開け放たれた。


「起床の時間です、駄犬。いつまで寝ているのですか」


「……むにゃ、あとごふん……むりぃ……」


天国のような羽毛布団と、夢の中で食べていた巨大プリン。


私が幸せの絶頂で枕を抱きしめていると、身体にかかっていた温もりが一瞬にして剥ぎ取られた。


「ひゃっ! さむっ!?」


「二度寝は許しません。今日から貴女の貧乏根性と野生の本能を、徹底的に去勢(しつけ)しますからね」


仁王立ちしていたのは、完全武装(完璧なメイド服姿)のローズマリーさんだった。

 

手には指示棒、目には絶対零度の光。  


ああ、神様。


私の地獄の一日が始まってしまった。


                   ◇


【午前:座学】

「いいですか。王国の歴史において、アシュトン公爵家が果たした役割は……」


図書室にて。  


ローズマリーさんの講義は、どんな高等な睡眠魔法(スリープ)よりも強力だった。

 

難しい単語が右から左へ抜けていき、私の頭が船を漕ぎ始める。


だめだ……文字を見てると、まぶたが……永遠にくっつきそう……


カクン、と私の意識が落ちた瞬間。  


ビュッ! 


パァン!!


「あ痛っ!?」


 正確無比なコントロールで飛んできたチョークが、私の額に直撃した。


「居眠り一回につき、昼食のパンを一枚減らします」


「そ、そんな殺生な! ご飯だけが生きがいなのに!」


「なら、その小さい脳に刻みなさい。貴女が演じるマリア様は才色兼備。周辺諸国の情勢も把握していない影武者が務まると思いますか?」


眼鏡の奥から放たれる冷たい視線。

 

その視線に射抜かれ、私は涙目で教科書に向き直った。  


しかし、私の脳内メモリの9割は、すでに「今日の昼食メニュー予想」に使われていた。


                   ◇


【午後:ダンス 】

「ワン、ツー、ワン、ツー。……リズム感が壊滅的ですね」


ダンスホールにて。  


ローズマリーさんが男性役となり、私の手を取ってステップを踏む。  


でも、身体が言うことを聞かない。


私の足は、優雅なステップよりも「対魔獣格闘術」の摺り足を刻もうとする。


「もっと力を抜きなさい。貴女のそれは、相手の急所を狙う動きです」


「だってぇ! 隙だらけなんだもん! ここ(脇腹)とか殴りたくなる!」


「殴ったら即処刑ですよ。ほら、ターン!」


ローズマリーさんが優雅に私を回転させる。

 

しまった。


回転の遠心力に、いつもの癖で無意識の身体強化(ブースト)を乗せてしまった。


ギュンッ!!


「わ、わぁぁぁ!?」


高速回転した私は、そのまま独楽(コマ)のように制御不能になり、ダンスホールの柱へ突っ込んだ。


――ドゴォォォォン!!


 大理石の柱に、私の形をしたヒビが入る。  


パラパラと落ちてくる白い破片。  


……沈黙。


「…………」


ローズマリーさんのこめかみに、青筋がピキリと浮かぶのが見えた。


「……修繕費、金貨十枚。貴女の将来の退職金から引いておきますね」


「いやぁぁぁ! 私の老後資金がぁぁぁ!」


                   ◇


【夕方:ディナー 】

心身ともにボロボロになった私を迎えたのは、豪華なディナーだった。

 

メインディッシュは、最高級のビーフステーキ。  


肉汁の匂いだけで、私の枯渇したHPが回復していくのが分かる。


「い、いただきます!」


「お待ちあそばせ」


 ナイフを持った私の手を、ローズマリーさんの教鞭がピシャリと叩いた。


「背筋。肘の位置。ナプキンの使い方。全てが美しくありません」


「うぅ……」


「一口食べるごとに私が採点します。不合格なら、その肉は没収です」


それは拷問だった。

 

目の前に極上の肉があるのに、一口食べるのに五分かかる。

 

空腹が限界に達した私は、焦りで手に力が入りすぎた。


「ええい、もう我慢できない! 切れてよ、このお肉ぅ!」


魔力強化(ブースト)。  


私はナイフに全魔力を込め、肉へと振り下ろした。


――ガギンッ!!!


金属音が鼓膜を(つんざ)く。

 

次の瞬間、さらに嫌な音が響いた。

 

バキッ、メキメキメキ……。


「え?」


恐る恐る見下ろすと、ナイフは皿と肉を貫通し、分厚いマホガニー製のダイニングテーブルをも切り裂いていた。

 

そして、テーブルは真っ二つに割れ、料理ごと床へと崩れ落ちた。


ガシャーン……コロコロ……。  


転がっていく私のステーキ。


「あ……あぁ……私のお肉……」


私は絶望した。  


だが、真の恐怖はそこではなかった。


背後から漂う、絶対零度の殺気。


「……アリア?」


「は、ひゃいっ!」


振り返ると、ローズマリーさんが笑っていた。

 

目が全く笑っていない、美しい能面のような笑顔。


「そのテーブル、王家御用達の職人が作った一点物で、金貨五十枚は下らないのですが」


「ひぃっ! ご、ごめんなさい! 土下座します! 靴もお舐めしますからぁ!」


私は床に頭を擦りつけた。  


ローズマリーさんは深いため息をつき、冷徹に宣告した。


「反省の色が見えませんね。……今日のデザートは抜きです。そして今夜は、貴女のその無駄に溢れ出る魔力を制御するための『特別補習』を行います」


その言葉の響きには、甘美で、そして逃げられない毒が含まれていた。


                  ◇


【深夜:特別補習 】

夜。  


私は自室のベッドで、処刑を待つ囚人のように震えていた。  


特別補習って何……? 


これ以上勉強させられたら、脳みそが耳から流れ出ちゃうよ……。


ガチャリ。  


ドアが開く。


入ってきた人物を見て、私は息を呑んだ。


「ロ、ローズマリーさん……?」


いつもの鉄壁のメイド服ではない。

 

ローズマリーさんは、薄紫色のシルクのネグリジェを身に纏っていた。

 

歩くたびに透ける身体のライン。


豊かな胸の膨らみや、腰のくびれが露わになり、湯上がりの肌からは艶かしい湿気が漂っている。  


手には、怪しげな琥珀色の液体が入った小瓶。


「夜の業務(しつけ)の時間ですよ、アリア」


ローズマリーさんはベッドに近づくと、有無を言わさず私を押し倒し、その上に跨った。


「な、何するんですか!?」


「貴女の失敗の原因は、制御できていない過剰な魔力です。感情が高ぶると勝手に放出され、物を壊す」


小瓶の栓が開けられる。

 

甘く、痺れるようなスパイシーな香りが部屋に充満した。


「だから私が直接、貴女の魔力回路(パス)を揉みほぐして、通りを良くしてあげる必要があります。……多少、痛いかもしれませんけれど」


「も、揉みほぐす……? 痛いのは嫌です!」


「拒否権はありません。これは命令」


ぬるり。  


冷たいオイルが、私の鎖骨の窪みに垂らされた。

 

ローズマリーさんの細い指が、オイルを伸ばしながら肌を滑る。


「ひゃうっ!」


「まずはリンパに詰まった魔力の(おり)を流します」


指先が、私の脇の下や肋骨の隙間にぐいっと食い込む。  


ただのマッサージではない。


指先からローズマリーさんの鋭い魔力が針のように侵入し、私の体内を駆け巡る感覚。


「あ、あぐっ! そこ、しびれりゅ……っ!」


「暴れないで。いい声ね……駄犬の情けない悲鳴を聞くと、日々のストレスが解消されるわ」


ローズマリーさんはサディスティックな笑みを浮かべ、私の敏感な耳元に熱い吐息を吹きかけた。


「次は下半身です。ここが一番、魔力が滞っていますね」


ネグリジェの裾が無造作に捲り上げられる。  


露わになった白い太腿に、ローズマリーさんの視線がねっとりと絡みつく。  


私は涙目で首を振った。


だめ、そこは、一番弱い場所。


「や、やだ、そこは……!」


「恥ずかしがらないで。ほら、こんなに強張っている」


ローズマリーさんの指が、太腿の内側にある魔力のツボを、容赦なく圧迫した。


「いやっ!や、やあぁぁぁぁぁ!!」


脳天を突き抜けるような衝撃。  


痛みではない。


快感。


それも、許容限界を超えた暴力的な快感。

 

私は、思わず身悶えるように、大きく体を震わせた。


「あはっ、すごい反応。魔力量が多いから、感度も常人の倍以上ね」


ローズマリーさんは愉悦にルージュの瞳を細めた。

 

彼女にとって、私の魔力を手の中でコントロールするのは、極上の娯楽なのだろう。

 

指先一つで泣かせ、喘がせ、支配する。


その征服感が、彼女の心を満たしていくのが、魔力を通じて伝わってくる。


「もっと奥まで流してあげる。……アリア、私の目を見なさい」


命令されるまま、濡れた瞳で見上げる。

 

逆らえない。


怖いのに、この人がいないと生きていけないような、甘い依存心が湧き上がってくる。


「う、うぅ……ゆるして……ごしゅじん、さま……」


自分でも信じられない言葉が、唇からこぼれ落ちた。

 

涙目で懇願する私を見て、ご主人様の嗜虐心に火がついたのが分かった。


「許さないわ。今日は貴女が果てるまで、徹底的に『調整』してあげるから」


ローズマリーさんは体重をかけ、さらに深く、執拗に指を動かし始めた。

 

部屋には、オイルが肌を叩く卑猥な音と、私の甘い悲鳴だけが響き続けた。


                  ◇


一時間後。  


私は白目を剥いて、抜け殻のようにベッドに沈んでいた。  


体中の魔力循環が良くなりすぎて、指先一本動かせない。


口からは魂のような煙が出ている。


「……ふぅ。いい運動になりました」


ローズマリーさんは満足げに額の汗を拭い、乱れたネグリジェを直した。  


そして、ぐったりしている私の髪を、優しく撫でる。


「よく頑張りましたね。これで明日の舞踏会は、魔力暴走を起こさずに済むでしょう」


その声は、先ほどまでの冷徹さが嘘のように優しかった。

 

私の額に、「おやすみ」の口づけが落とされる。


「明日は貴女のデビューステージです。完璧な『マリア様』を演じてくださいね? ……私の可愛いワンちゃん」


ローズマリーさんが部屋を出て行く。

 

私は薄れゆく意識の中で、ぼんやりと思った。


ご主人様……やっぱり、とんでもなく怖い。でも……


不思議と、身体は軽かった。

 

そして、心の中にあった孤独や不安も、ローズマリーさんに乱暴に触れられたことで、塗り潰されて消えていた。

 

支配されることの、なんという安らぎ。


明日も、頑張ろう……。お肉のため、だし……


私は深い眠りに落ちた。  


翌日、さらなる試練が待ち受けているとも知らずに。

次回予告 :地獄の特訓と「調整」を経て、ついに迎えた舞踏会当日。 しかし、用意されたドレスを着た私に、ローズマリーさんが冷たい一言。 「……胸が苦しい?」 「当然です。マリア様より貴女の方が発育が良いのですから、コルセットで限界まで締め上げます」 呼吸困難状態で臨む初舞台。 きらびやかな会場で、私(中身は野獣)に近づいてくる一人の美青年。 それはマリアの婚約者、アルベルト王子だった。

次回、「初任務! 舞踏会デビューは波乱の予感」


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