表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/56

第46話 「新しい首輪は、ダイヤモンドの輝き」

【王都・高級ホテル「ロイヤル・パレス」舞踏会場】


シャンデリアの暴力的なまでの煌めき、鼻をつく高級な香水の香り、そして優雅な生演奏のワルツ。  


王都の復興を祝う「戦勝祝賀会」の会場は、瓦礫の山となった外の世界とは隔絶された、夢のような別世界だった。


その中心に、私は一人、見世物のように立たされていた。  


いつもの動きやすい戦闘スーツではない。  


鮮血のように赤い、背中が大きく開いたイブニングドレス。  


肌に張り付くようなシルクの感触が気持ち悪い。  


そして何より、首に巻かれた重厚なチョーカーが、私の呼吸を妨げていた。  


私の瞳と同じアメジストと、無数のダイヤモンド。  


美しく、冷たく、そして重い「首輪」。


息が詰まる……。


こんな石ころ、何の役にも立たないのに。


「……動きにくいです。これ、布が足りなくないですか? スースーします」


「あら、素敵よ。……私の『最高額の担保』には、これくらい相応しいわ」


私の背後から、深紅のドレスを着たベアトリスが、白く滑らかな背中を指でなぞる。  


冷たい蛇が這うような感触。


鳥肌が立つ。  


この女は、私を「生き物」として見ていない。


ただの「高価な商品」として値踏みしている。


「ヒッ……! 息を吹きかけないでください!」


私が身をよじると、彼女は楽しそうにクスクスと笑った。  


周囲の貴族たちは、その様子を見て、扇子で口元を隠しながら噂話をしていた。


「聞いたか? アシュトン家は破産して、あの娘を売ったらしいぞ」

「英雄と言っても、所詮は金には勝てんか」


屈辱的な視線。


刺すような嘲笑。  


殴り飛ばしたい。


この会場の全員を、この女を、シャンデリアごと粉砕してやりたい。  


私の拳が震える。  


でも、ダメだ。


私が耐えているのは、ただ一人のためなんだから。  


あの不器用で、プライドだけが高い、私の大切なご主人様のために。  


私が暴れれば、契約はご破算。


だから、私は「いい子」でいなきゃいけない。  


歯を食いしばれ、アリア。


これはご主人様を守るための戦いだ。


                  ◇


不意に、ホールが静まり返った。  


入り口から、一人の令嬢が入場してくる。


ローズマリーさん。


息を呑んだ。  


彼女が纏っているのは、流行遅れのシンプルな黒いドレス。


宝石は一つも身につけていない。  


貴族たちが、哀れみの視線を向ける。  


でも、違う。  


彼女は背筋を伸ばし、顔を上げ、凛と歩いていた。  


その姿は、どんな着飾った貴婦人よりも気高く、美しかった。  


ああ、やっぱり私のご主人様は世界一だ。  


ボロボロでも、何も持ってなくても、貴女は私の光だ。


「……ローズマリーさん」


私が駆け寄ろうとするが、ベアトリスがその肩を強く掴んで止める。


「ダメよ、ワンちゃん。貴女は今、私の『管理下』にあるの。勝手にお座りを解かないで」


ローズマリーさんは二人の前まで来ると、足を止めた。  


ベアトリスが、勝ち誇ったようにグラスを掲げる。


「ようこそ、ローズマリーちゃん。……アリアちゃん、似合うでしょう? 今の貴女には買えない、最高級のダイヤモンドの首輪よ」


ローズマリーさんは唇を噛み締めた。  


その表情を見て、私の胸が張り裂けそうになる。  


その重苦しい空気を切り裂くように、高らかなファンファーレが鳴り響いた。


「アルベルト第一王子殿下、ご入場!」


白亜の礼服に身を包んだアルベルトが、近衛兵を従えて現れた。  


彼は真っ直ぐに私たちの元へ歩み寄ると、ベアトリスの手から私の腕を強引に引き剥がした。


「……無粋な真似はやめてもらおうか、死の商人」


「あら、殿下。私の商品に傷をつけないでくださる?」


アルベルトはベアトリスを一瞥もしない。  


彼は私の手を取り、その場に跪いた。  


会場中が息を呑む。


「アリア。……君が借金のカタに売られるなど、僕が許さない」


アルベルトは、懐から王家の紋章が入った小切手帳を取り出した。


「アシュトン家の負債、全額僕が肩代わりしよう」


「はあ……?」


ローズマリーさんが顔を上げる。


その瞳が絶対零度の冷たいものになる。


「ただし、条件がある」


アルベルトは、私を熱っぽい瞳で見つめた。  


その瞳に映っているのは、私だけ。


「アリア、僕と結婚してくれ。……君が妃になれば、王家の予算でアシュトン家を救済できる。君は奴隷ではなく、この国の『女王』になるんだ」


会場がどよめく。  


借金は消える。私は国母となり、ローズマリーさんも救われる。  


誰もが「イエス」と言う場面だ。


「さあ、その悪趣味なダイヤの首輪を外して……僕のティアラを受け取ってくれ」


アルベルトが手を差し出す。  


ベアトリスは扇子を畳み、目を細める。  


ローズマリーさんは……ただ、拳を握りしめて俯いていた。  


彼女は分かっているのだ。


これが一番「合理的」な解決策だと。  


だから、彼女は私を止めない。  


自分を犠牲にしてでも、私を送り出そうとしている。


……バカだなぁ、ご主人様は。


 私は、アルベルトの差し出した手を見た。


温かくて、綺麗な手。  


この手を取れば、私は一生、何不自由なく暮らせるだろう。  


柔らかいベッド、美味しい食事、国民からの称賛。  


でも、そこには「ローズマリーさん」がいない。


次に、ベアトリスの余裕の笑みを。  


そして最後に、震えながら俯いているローズマリーさんを。  


その震える肩が、私に「行け」と言っている。  


私の幸せを願って、自分一人で地獄に落ちようとしている。


……ふざけるな。  


誰がそんな「幸せ」なんて願った。  


私が欲しいのは、綺麗なドレスじゃない。


王冠じゃない。  


私は、ふぅーっと長くため息をついた。


「……バカばっかりですね」


「え?」


私は自分の首に手をかけた。  


指先に力を込める。


パチン。


ベアトリスに着けられていた、ダイヤモンドのネックレスを、枯れ枝のように無造作に引きちぎった。


ジャララッ……!


宝石が床に散らばる。  


悲鳴が上がる。


「あーあ、もったいない。……でも、せいせいした」


私は、アルベルトの手を払いのけた。


「お断りです、殿下。……私は『王妃』なんて柄じゃありません」


「な、なぜだ!? 君は自由になれるんだぞ!?」


「自由?」


私は鼻で笑った。  


貴方と結婚して、綺麗なドレスを着て、鳥籠の中で暮らすのが自由?  


ローズマリーさんと離れ離れになるのが、私の幸せ?  


冗談じゃない。  


私の自由は、私の魂は、ローズマリーさんの隣にしかないんだ!


私はスタスタと歩き出し――  俯いているローズマリーさんの隣に並び、その震える肩をガシッと抱いた。  


ほら、やっぱりこの場所が一番落ち着く。  


ここが私の「王座」だ。


「勘違いしないでください。私は借金のカタに取られた『可哀想な被害者』じゃありません」


私は、会場中の貴族たち、そしてベアトリスとアルベルトを睨みつけ、腹の底から声を張り上げた。


「私は、ご主人様の『共犯者』です!」


「アリア……!」


ローズマリーさんが顔を上げる。  


その瞳に涙が浮かんでいる。


やっとこっちを見てくれた。  


その顔が見たかったんですよ、ご主人様。


「借金? 上等ですよ。……ご主人様が返すって言ってるんだから、返します! 私が働いて、稼いで、叩き返してやりますよ! 泥水すすったって、野垂れ死んだって、私はこの人と一緒なら地獄だってピクニックなんです!」


私はローズマリーさんの手を取り、高々と掲げた。  


この手だけは、絶対に離さない。  


神様だって、借金取りだって、引き剥がせるものならやってみろ。


「私の首輪は、目には見えません。……でも、どんなダイヤよりも硬くて、輝いているんです。……それを握れるのは、この世でたった一人だけだ!」


会場が静まり返る。  


狂っていると思われただろう。  


王妃の座を蹴って、借金まみれの没落貴族を選んだのだから。  


でも、これが私だ。


アシュトン家のアリアだ。


パチパチパチ……


乾いた拍手の音が響いた。  


ベアトリスだ。  


彼女は床に散らばったダイヤを踏みつけ、愉悦に歪んだ笑みを浮かべていた。


「……合格よ。やっぱり最高の『狂犬』ね」


彼女はローズマリーさんを見た。


「当たり前です。アシュトン家の駄犬ですから」


ご主人様は、涙を拭い、いつもの不敵な笑みを浮かべた。  


「アリアちゃんに敬意を表して、ローズマリーちゃんに使用権は返すわね。その代わり、借金の手形の返済期限は三年。……それまでに完済できなければ、アリアちゃんを頂くわ」


「望むところです」


 ローズマリーさんは不敵に笑い返した。


「見ていなさい、商売女(ベアトリス)。……私の頭脳と、この子の腕力で、この国の経済ごとひっくり返して見せますから!」


アルベルトは、呆然としながらも、苦笑した。


「……また、負けたか。だが、諦めないよ。君が借金に愛想を尽かすのを待つとしよう」


「百年待っても無駄ですよ、殿下!」


                   ◇


パーティー会場を後にした私とご主人様は、夜風の中、シルバーの車の前に立っていた。  


煌びやかな会場から一転、目の前には暗闇が広がっている。  


でも、怖くはない。


「……さて。大見得を切りましたが、現実はマイナスからのスタートです」


ローズマリーさんがため息をつく。  


その横顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。


私は助手席に飛び乗り、ニカッと笑った。


「大丈夫ですよ! 私たちが組めば無敵です! 借金なんてパンチで粉砕です!」


「……根拠のない自信ですね。まあ、嫌いではありませんが」


ローズマリーさんは運転席に座り、キーを回した。  


エンジンが唸りを上げる。  


それは、新しい戦いのファンファーレ。


「行きますよ、アリア。……次は『お金』という名の魔物との戦争です」


「イエス、マム! ……どこへでも、お供します!」


孤独な鉄の女と、最強の駄犬。  


シルバーの車が、王都の夜を走り抜ける。  


夜空に輝く月は、まるで金貨のように金色に輝いていた。  


あれも全部手に入れてやる。  


ご主人様となら、きっとできる。  


私たちの旅は、まだ始まったばかりだ。


(第1部 完)

ここまでお読みいただきありがとうございました。 アリアの「共犯者」宣言をもって、第1部は完結です。 続く第2部では、借金返済のためにローズマリーが知識を駆使し、ベアトリスと経済戦争を繰り広げます。 アリアは「社長秘書兼ボディーガード」として、物理的にも社会的にもローズマリーを守り抜きます。 より絆を深めた二人の物語を、引き続きお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ