第42話 「敵将討ち取り。決着の一撃」
【王都中央広場:最終決戦の地】
燃え盛る王都の中心。
かつて美しい噴水があった広場は、直径百メートルを超える巨大なクレーターと化していた。
その中央に、帝国の移動要塞型司令部が、我が物顔で鎮座している。
許さない。
私たちの庭を、こんな風に踏み荒らして。
私の大切なご主人様が愛した街を、よくも。
「よくぞここまで来た、王国の勇士よ」
要塞の頂上から、帝国の将軍が見下ろしていた。
全身を魔導鎧で固めた巨漢。
その顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。
「貴様らの抵抗は想定外だったが、所詮は個人の武勇。……我が帝国の『科学力』の前には無力だ!」
将軍が手をかざすと、地面が悲鳴を上げ、地下から異形の怪物が這い出してきた。
グォォォォォォォォッ!!
全長三十メートル超。
ライオンの体に、ドラゴンの翼、蛇の尾を持つ、伝説の合成魔獣「ベヒモス」。
だが、ただの生物ではない。
その体表は黒光りする特殊な魔導金属で覆われ、全身から吐き気を催すような魔力の波動を放っている。
醜悪だ。
美学の欠片もない、継ぎ接ぎの化け物。
「紹介しよう。対魔導士用最終兵器『超重キメラ・ベヒモス』だ!」
「ふん。ただのデカブツですね。……アリア、細切れにしなさい」
「ラジャー!」
背中のローズマリーさんの指示で、私は跳躍した。
迷いはない。
ご主人様が切れと言えば、世界だって切ってみせる。
銀色の流星となり、ベヒモスの頭上から踵落としを放つ。
戦車の装甲すら紙のように引き裂く、私の必殺の一撃。
ガィィィンッ!!
鈍い金属音が響き、私の足が弾かれた。
嘘でしょ?
傷一つついていない。
「硬っ!? なにこれ、殴った衝撃が逃げてる……!」
私が体勢を立て直そうとした瞬間、ベヒモスの口が開き、赤黒い魔力の渦が発生した。
「まずい、退避ッ!」
ローズマリーさんが防御結界を展開するが、ベヒモスが放ったのは攻撃魔法ではなかった。
超重力による「吸引」だ。
空間ごと飲み込むような力。
「きゃぁぁぁッ!?」
私の身体が空中で静止し、キメラの口へと引き寄せられる。
それだけではない。
背中のローズマリーさんが展開した結界の魔力そのものが、キメラに吸い取られていくのが分かる。
「ハハハ! 無駄だ! このベヒモスの装甲は物理衝撃を99%拡散し、魔力吸収炉が魔法を喰らう! あらゆる攻撃は無効化されるのだ!」
将軍の高笑い。
私は何とか吸引圏外へと脱出したが、スーツの魔力が大幅に削られていた。
背中のローズマリーさんの呼吸が乱れている。
魔力を持っていかれたんだ。
彼女の苦しそうな吐息が、私の首筋にかかる。
悔しい。
私の力が足りないせいで、ご主人様が!
「くそっ、手が出せない……! どうしますご主人様!?」
物理もダメ。
魔法もダメ。
殴っても効かず、魔法を撃てば餌になる。
そんなの、どうやって倒せばいい?
ローズマリーさんは眉をひそめ、即座に計算を終えた。
「物理無効、魔法吸収。……通常の手段では、ダメージを与えるどころか、こちらの魔力が尽きるのが先ですね。 詰み」
淡々とした声。
諦めたの?
そんなわけがない。
この人が諦めるはずがない。
ローズマリーさんは、冷徹な魔導師の仮面を脱ぎ捨て、狂気を帯びた笑みを浮かべた。
あぁ、その顔。
私の大好きな、世界に喧嘩を売る時の、最強の笑顔。
「……物理無効? 魔法吸収? ……ええ、素晴らしい性能ですね」
「何がおかしい!?」
「ただの『容量オーバー』させていないだけでしょう? アリア。……覚悟はいいですか?」
ローズマリーさんが、私の耳元で囁いた。
その声は、これまでにないほど真剣で、そして熱を帯びていた。
心臓がドクリと跳ねる。
嫌な予感がする。
背筋が凍るような、でも焼き尽くされるような予感。
「覚悟って……何をする気ですか?」
「私の『命』を、全部貴女にあげます」
「えっ……!?」
時が止まった。
何を言ってるの?
命をあげる?
やめて。
そんなのいらない。
私の返事を待たず、ローズマリーさんは私の首に回した腕に、残存する全魔力――いや、魔力に変換できる「生命力」そのものを注ぎ込み始めた。
カァァァァッ!!
私の銀色のスーツが、眩い金色へと変色していく。
熱い。
焼けるように熱い。
背中から流れ込んでくるのは、ただの魔力じゃない。
ローズマリーさんの鼓動、体温、吐息、そして「生きる意志」。
彼女の魂そのものが、私の血管に直接流し込まれてくる。
振り返ると、ローズマリーさんの真っ白な髪が、さらに燐光のような輝きを増し、彼女の肌から血の気が引いていくのが見えた。
透き通るように白く、儚くなっていく。
「ちょっ、待って! ご主人様、身体が消えそうですよ!? これじゃご主人様が死んじゃう!」
やめて。
そんな力いらない!
ご主人様がいなくなるくらいなら、私は負けたっていい!
世界なんてどうでもいい!
ご主人様が生きていてくれなきゃ、私の世界は終わりなんだ!
「死にません。……駄犬がいる限り、私は死ねないと言ったでしょう」
ローズマリーさんの声が震える。
嘘だ。
強がりだ。
命を燃料にして燃やしているんだ。
ロウソクの最後の輝きみたいに。
でも、ご主人様の腕は私を離さない。
その強い意志が、流れ込んでくる熱と共に私を縛る。
「私の全てを、駄犬の拳に乗せます。……星ごと砕くつもりで撃ちなさい!」
私は、背中から流れ込んでくる膨大な熱量と、彼女の「魂」の重みを感じた。
重い。
星そのものより重い。
私の背中には今、この人の人生の全てが乗っている。
拒絶してはいけない。
受け止めなきゃいけない。
それが、ご主人様の「犬」である私の役目だ。
ご主人様が命を賭けたなら、私はそれに応えて勝つしかないんだ!
私は涙を拭い、ニカッと笑った。
泣くな。
笑え。
ご主人様は、私の泣き顔なんて見たくないはずだ。
「……イエス、マム! 全部、受け取りました!」
「ば、馬鹿な! 自滅する気か! ベヒモス、喰らい尽くせ!」
将軍が叫ぶ。
ベヒモスが再び口を開き、超重力吸引を開始する。
「遅いッ!!」
私は地を蹴った。
その速度は、もはや視認できない。
金色の閃光となり、ベヒモスの懐へと潜り込む。
私の身体が悲鳴を上げている。
力が溢れすぎて、筋肉が千切れ飛びそうだ。
でも、構わない。
ローズマリーさんが命を削っているのに、私が五体満足で終わるわけにはいかない!
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
私は右拳に、ローズマリーさんから受け取った全ての命と、自身の全筋肉、全神経を集中させた。
スーツの右腕が、エネルギー負荷に耐えきれず、装甲が弾け飛ぶ。
私の骨が軋む。
血が噴き出す。
くれてやる。
右腕だろうが命だろうが、全部持っていけ!
これが、二人の絆の結晶。
誰にも邪魔させない、私たちだけの「愛」の形!
「必殺!! 必殺!! 私たちの……全力パンチだああああああッ!!!!」
ズガァァァァァァァァァァァンッ!!!!
拳が、ベヒモスの胸部に突き刺さった。
瞬間、世界の色が反転した。
物理衝撃吸収?
魔力吸収?
知ったことか!
そんな理屈を超えた、圧倒的な「想い」と「質量」の暴力だ!
飲み込めるものなら飲み込んでみろ、この熱さを!
ベヒモスの装甲が、吸収しきれずに飴細工のように歪み、砕け散る。
内部の魔導核が、臨界点を超えて暴走する。
「グォォォォォ……ガァァァァァァッ!?」
ベヒモスの断末魔が、王都中に響き渡る。
巨体は内側から光り輝き、そして――大爆発を起こして消滅した。
その爆風は、後方の移動要塞をも飲み込み、帝国の将軍の絶叫ごと吹き飛ばした。
すべてが消し飛ぶ。
爆風が収まると、広場には静寂が戻っていた。
ベヒモスも、要塞も、跡形もない。
あるのは巨大なクレーターだけ。
その中心に、私は立っていた。
金色のスーツは光を失い、元の銀色に戻っている。
右腕の装甲は砕け、素肌が露出していた。
痛みはない。
アドレナリンが出すぎているせいだ。
「……はぁ、はぁ……。やりましたよ、ご主人様」
私が背中に声をかける。
勝った。
私たちは勝ったんですよ。
褒めてください。
いつものように、「コントロールが甘い」って、憎まれ口を叩いてください。
馬鹿な駄犬だって、笑ってください。
だが、返事はない。
背中の重みが、ずしりと増した気がした。
嫌な重み。
命の熱さが消えた、ただの物質としての重み。
心臓が凍りつく。
「……ローズマリーさん?」
恐る恐る、背中のロープを解き、ローズマリーさんを腕の中に抱きとめる。
彼女は目を閉じ、糸の切れた人形のように動かない。
顔色は紙のように白く、唇からは色が消えている。
呼吸は……分からない。
羽毛のように浅すぎて、私の震える手では感じ取れない。
「……嘘、でしょ? ねえ、起きてよ……」
私の声が震える。
涙が溢れて止まらない。
勝利の歓喜なんて、一瞬で消し飛んだ。
世界を救ったって、ご主人様がいなきゃ、何の意味もないんだよ!
「ご主人様……ローズマリーさんッ!!」
私の悲痛な叫びが、白み始めた夜明けの空に木霊した。
お願い。
神様でも悪魔でもいい。
私の命を全部あげるから、この人を返して。
置いていかないで、ご主人様……!




