第40話 「戦場を駆ける銀の流星」
【王立学園・正門前広場】
ガギィィィィンッ……!!
耳障りな金属の悲鳴が、戦場の爆音を切り裂いた。
もうもうと立ち込める土煙の中、私はクレーターの中心に立ち尽くしていた。
掌に伝わるのは、ひん曲がった冷たい鉄の感触と、発射寸前だった砲撃の余熱。
学校に向けて至近距離で発砲しようとしていた帝国軍指揮官機の主砲を、素手で掴み、直角にへし曲げてやったのだ。
砲身の中で、行き場を失ったエネルギーがくすぶっている。
危ないなあ……。
私の大事な学校に、何てものを向けるんだか。
怒りが湧き上がってくる。
「ま…まさか…!?」
煙の向こうに、へたり込んでいるイザベラさんの姿が見えた。
目を見開いて、涙を溜めている。
間に合ってよかった!
無事だ。
煙が晴れていく。
学園の正門前は地獄絵図だったけれど、役者は揃った。
私は、ひん曲げた砲身から手を離し、ニカッと笑った。
「お待たせしました、皆様。……ここからは、アシュトン家の時間です!」
◇
「き、貴様らは何だ!? 化け物か!?」
戦車のハッチから顔を出した帝国軍の指揮官が、裏返った声で叫ぶ。
私は答えなかった。
答える必要もない。
代わりに、背中のローズマリーさんが冷徹な声で告げた。
「……五月蝿いですね。アリア、掃除なさい」
「イエス、マム!」
その一言。
低く、冷たく、絶対的な命令。
それが私の脳髄に響いた瞬間、快楽物質のように全身の神経を駆け巡った。
ああ、これだ。
私が欲しかったのは、この言葉だ。
私は、へし曲げた戦車の砲身の根元を両手でガシッと掴んだ。
スーツの駆動音が唸りを上げる。全身の人工筋肉が収縮し、あり余るパワーが指先に集約される。
「ふんぬッ!!」
バキィィィィッ!!
鋼鉄が引きちぎれる、生理的な嫌悪感を催すような音が響く。
私は、数トンはある戦車の砲塔部分を、無理やり車体から引き剥がしたのだ。
配線が千切れ、火花が散る。
私はそれを、巨大な棍棒のように構えた。
あぁ、いい重さ。
これなら思いっきり振れる!
「一掃しますッ!!」
私は身体を回転させ、遠心力を乗せて「砲塔ハンマー」を振り抜いた。
風が爆ぜる。
ズガァァァァァァンッ!!
横に並んでいた別の戦車に、砲塔が直撃する。
轟音と共に、二台の戦車がまとめて吹き飛び、ひしゃげたスクラップと化して転がっていった。
「な……!?」
「戦車を……殴って壊した……!?」
学園騎士団の生徒たちも、帝国兵も、敵味方忘れて絶句した。
ふふん、驚くのはまだ早いですよ。
私の「ご主人様」と、その「駄犬」のコンビは、こんなもんじゃない。
「ひるむな! 歩兵隊、包囲しろ! 魔法で焼き殺せ!」
帝国軍が我に返り、数百の銃口と杖が私に向けられる。
四方八方からの殺気。
でも、怖くない。
むしろ心地いい。
背中で、ローズマリーさんが不敵に微笑んだ気配がしたからだ。
「……愚か者ども。私の『最高傑作』に、生半可な攻撃が通じるとでも?」
彼女が、私の首に回した指先に魔力を込める。
背中から、熱い奔流が流れ込んでくる。
甘くて、熱くて、痺れるようなご主人様の魔力。
私のスーツを通して、ローズマリーさんの頭脳が描いた術式が展開される。
「術式展開。『身体強化・オーバードライブ』。『衝撃吸収界』。『痛覚遮断』……承認」
カッ!!
私の全身から、銀色のオーラが噴き出した。
視界がクリアになる。
時間の流れが遅くなる。
世界が止まって見える。
私の力が、彼女の支援魔法によって数倍に跳ね上がる。
全能感。
何でもできる。
何でも壊せる!
「身体が……軽い! 羽が生えたみたいですよ、ご主人様!」
「調子に乗らないでください。……さあ、踊りなさい、駄犬」
ヒュンッ!!
私は消えた。
ドガッ! バキッ! ズガンッ!
戦場を銀色の閃光が駆け巡るたびに、帝国兵が吹き飛び、魔導障壁がガラスのように割れる音が響く。
銃弾は私の速度に追いつけず、魔法はローズマリーさんの展開する「対魔術障壁」に弾かれる。
楽しい! すごい! 全部見える!
私が前衛で暴れ、彼女が後衛として防御と強化を担当する。
思考しなくても身体が動く。
ご主人様の意思が、神経を通して直接私の筋肉に伝わってくるようだ。
私たちは二人で一人。
完全に「一つの生物」として戦場を支配していた。
「ば、化け物だ……! 退け! 退けぇぇッ!」
帝国軍の陣形が崩壊し始める。
だが、後方から増援の重戦車部隊が現れた。
狭い学園前の通りを塞ぐように、分厚い装甲を並べて突進してくる。
壁だ。
普通なら絶望する鉄の壁。
でも、私には「的」にしか見えない。
「壁を作られたら面倒です。……アリア、ボーリングの時間です」
背中からの指示。
私はニヤリと笑った。
やっぱりご主人様は性格が悪い(最高だ)!
戦場でボーリング?
そんなふざけた作戦、ご主人様以外に誰が思いつくって言うんですか!
「ボールはどれにします?」
「手頃なのが、足元に転がっているでしょう?」
私の目の前には、先ほど破壊した軽戦車の残骸があった。
普通の人間ならビクともしない鉄塊。
でも、今の私とご主人様なら――綿毛みたいなものだ!
「了解!」
私はスーツの出力を最大にし、戦車の下に手を潜り込ませた。
膝を入れる。
地面を踏みしめる。
筋肉が軋む。
「うぉぉぉぉぉッ!!」
ズズズズズ……ッ!!
石畳が砕け、巨大な鉄の塊が持ち上がる。
イザベラさんが、アルベルト王子が、目を剥いてそれを見上げている。
見ていてください。
これがアシュトン家の「力仕事」です!
「いっけぇぇぇぇぇッ!!」
私は全身のバネを使って、戦車を投げ飛ばした。
唸りを上げて、放物線を描いて飛んでいく鉄塊。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
ストライク。
投げられた戦車は、迫りくる重戦車隊の先頭に直撃し、玉突き事故のように後続の戦車を巻き込んで大爆発を起こした。
炎が天を焦がす。
静寂。
誰も言葉を発せない。
圧倒的な暴力の前に、敵も味方も吞まれている。
その中で、私は瓦礫の上に立ち、背中の主人の乱れた髪を直してやった。
「……ふぅ。ストライクですね、ご主人様」
「コントロールが甘いです。あと五センチ右なら、もっと綺麗に吹き飛んでいました」
憎まれ口を叩き合う私たち。
でも、その声は弾んでいる。
その、あまりにも日常的な姿を見て、絶望していた生徒たちが、騎士たちが、顔を上げる。
涙を拭う。
恐怖が、熱狂へと変わる。
「続けぇぇぇッ! あの方の背中を守れぇぇぇッ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」
学園騎士団と近衛兵が、雄叫びを上げて突撃を開始した。
戦いの流れが変わった。
突撃する生徒たちの後ろで、イザベラさんだけがその場に立ち尽くしていた。
「……マリア、さん……」
イザベラさんは、涙をこらえ、自分のレイピアを拾い上げた。
その瞳に、かつての怯えはない。
「……皆さん行きましょう。私たちが、マリアさんの露払いをしなくては!」
イザベラさんもまた、戦場へと駆けていった。
頼もしい仲間たちだ。
私は、次の獲物を求めて鼻を鳴らした。
「さあ、次はどいつですか? ……今日はご主人様公認の、無制限一本勝負ですよ!」




