第39話 「最前線崩壊。絶望する学園」
【イザベラ視点】
【王都・貴族街:王立学園正門前】
そこはかつて、わたくしたちが魔法と教養を学び、紅茶の香りに包まれて明日を語らう、優雅な学び舎だった。
ですが今、王立学園は瓦礫と骸が積み上げられた、泥沼の最前線と化していた。
ズゥゥゥゥン……!
腹の底を直接殴られるような重低音と共に、メインストリートを埋め尽くす「鉄の怪物」たちが進軍してくる。
帝国軍の主力兵器、魔導戦車。
分厚い装甲板と、黒い蒸気を噴き出す排気管。
その無機質な砲塔は、わたくしたちの誇りである学び舎を、容赦なく狙っていた。
「ひるむな! 障壁を維持なさい! ここを突破されたら、避難民がいる大講堂が焼かれますわよ!」
手入れされた自慢の金髪は煤で汚れ、愛用のレイピアは無惨に刃こぼれしている。
わたくしの周囲には、生徒会役員や「学園騎士団」に志願した勇敢な生徒たちが展開していたが、その大半は恐怖で杖を持つ手さえ震えていた。
「む、無理です会長! 僕たちの魔法じゃ、あの装甲を貫通できません!」
「マナポーションが切れました! もう障壁が持ちません、限界です!」
生徒たちの絶望的な叫び声が、わたくしの胸を締め付ける。
ドォォォォンッ!!
戦車の主砲が火を噴いた。
生徒たちが必死に編み上げた多重結界が、まるでガラス細工のようにあっけなく粉砕されていく。
「「「うわぁぁぁぁっ!!」」」
爆風に煽られ、数人の一年生が木の葉のように吹き飛んだ。
「嘘……嘘よ……」
泥の中に膝をついた。
これが戦争。
決闘のようなルールも、審判もいない。
ただの暴力と蹂躙。
わたくしが信じていた貴族の誇りなど、圧倒的な「鉄の質量」の前では何の意味も持たないの?
「下がれ、イザベラ!」
白亜の影が、わたくしの前に飛び出してきた。
アルベルト殿下。
「雷撃魔法・紫電一閃!」
殿下の剣から高圧電流が放たれ、先頭の戦車を直撃。
バリバリバリッ!
戦車の回路がショートし、黒煙を上げて停止した。
さすがは殿下。その実力は本物。
ですが、敵の数が多い。
鉄の波は、一向に止まらない。
「殿下! 東門が破られました! 敵増援、戦車二十両!」 「西側からも別働隊が! 完全に包囲されています!」
近衛兵からの報告は、死の宣告に等しい。
殿下は肩で息をしながら、折れた剣を握り直した。
その美しい礼服は血と油にまみれ、魔力も底をつきかけているのが分かった。
「……くそっ」
殿下が歯噛みする音を聞いた瞬間、わたくしの中で何かが切れた。
王家の太陽を、ここで消すわけにはいかない。
「殿下……逃げてください。貴方だけでも……」
わたくしは殿下の足元に縋り付き、懇願した。
殿下さえ生き延びれば、この国はまだやり直せる。
わたくしたちが盾になれば……。
しかし、殿下は首を横に振った。
「王が民を捨てて逃げられるか」
そして、ふっと寂しげに、けれど美しく笑った。
「それにマリア嬢が戦っている。……ここで死ぬなら、それも運命だ」
マリア。
その名を聞いた瞬間、わたくしの脳裏に、あの生意気で、大食いで、けれど誰よりも強かった金髪の少女の顔が浮かんだ。
マリアさん……。
あのスタンピードを素手で葬った貴女なら、この鉄の怪物たちも笑い飛ばしてくれたでしょうか。
会いたい。
貴女の、あの底抜けに明るい笑顔に、もう一度だけ――。
ギギギギ……
破壊された正門を踏み潰し、ひときわ巨大な戦車が現れた。
帝国軍の指揮官機。
その砲口は、わたくしたちを真正面から捉えている。
『降伏勧告は終了した。……王国に栄光あれ』
拡声器から響く、歪んだ嘲笑。
砲塔に魔力が充填され、赤黒い光が膨れ上がる。
「あ、あぁ……」
「お母さん……」
生徒たちは杖を取り落とし、身を寄せ合って泣いていた。
わたくしは目を閉じ、震える手で折れたレイピアを構える。
せめて、最期まで誇り高く。
殿下は生徒たちを背に庇い、最後の魔法障壁を展開する。
ごめんなさい、みんな。
……マリアさん、さようなら。
カッ!!
閃光。
戦車の主砲が発射した。
全てを蒸発させる熱線が、わたくしたちの障壁に迫る。
死が、触れる距離まで近づいた。
――その時。
キィィィィィィィンッ!!
空気を切り裂く高周波音。
遥か上空、王宮の方角から飛来した「何か」が、音速を超えて戦場に突っ込んできた。
ドゴォォォォォォォンッ!!
戦車とわたくしたちの間に、隕石が落ちたような衝撃が走る。
土煙が舞い上がり、発射されたはずの熱線が、あらぬ方向へ弾かれ、空を焼く。
「な、なんだ……!?」
「誤射か!?」
帝国兵が動揺した。
わたくしと殿下は、爆心地を凝視した。
もうもうと立ち込める煙の中。
そこには、ありえない光景があった。
巨大な戦車の砲身が、中ほどから「直角」にへし曲げられていた。
まるで、巨人が素手で握りつぶしたかのように。
「……お待たせしました、皆様」
煙の中から響く、凛とした、しかし少し楽しげな声。
その声を聞いた瞬間、わたくしの目から涙が溢れ出した。
間違いありません。このふざけた強さと、頼もしさは。
「ここからは、アシュトン家の時間です!」
風が煙を払っていく。
そこに立っていたのは、銀色に輝く戦闘服を纏い、背中に白髪の少女を背負った、美しき野獣――マリアさんだった。




