第36.5話 「大馬鹿ご主人様と銀色の駄犬」
【ローズマリー視点】
【王宮地下・古代遺跡「原初の祭壇」】
地上での喧騒が嘘のように、地下深くは冷たい静寂に包まれていた。
広大なドーム状の空間。
その中央に、青白く発光する巨大なクリスタルが鎮座している。
私は、そのクリスタルの中に半身を埋め込まれていた。
「……う、く……」
無数の光の触手が身体に突き刺さり、脈動している。
それは、生命力を強制的に吸い上げ、古代の防御システムを起動させるためのエネルギーに変換する儀式。
視界の端で、私の誇りであった濡羽色の黒髪が、急速に色を失い、毛先から雪のような白へと変わり始めていた。
命が削られていく。
私が私でなくなっていく。
『警告。生体エネルギー残存量、低下。システム強制起動まで、あと三百秒』
無機質なシステム音声が、冷酷にカウントダウンを告げる。
私の意識は、深い海の底へと沈んでいくようだった。
……これで、いい。
このシステムが起動すれば、王都に侵入した帝国軍は、強力な魔力結界によって消滅する。
その代償は、術者の命と、王都の半分を巻き込む崩壊。
腐敗しきったこの国を守るには、一度更地にするしかない。
それがアシュトン家当主としての、私の最後の決断。
脳裏に、あの晩餐会での光景が浮かぶ。
ベアトリス――あの死の商人はふてぶてしく言った。
「アリアを売れば助けてやる」と。
……ふざけないで。
あの子は道具ではない。
私の大切な、かけがえのない家族。
あの子を薄汚い欲望の生贄にするくらいなら、私がこの命を燃やして、あの子が生きる世界を守るほうが幾分マシ。
アリア……逃げてくれた……?
あのバカ正直な駄犬のことだ。
きっと泣きながら屋敷に戻っているかもしれない。
カミーラがうまく逃がしてくれていればいいが。
私のために泣いてくれる?
それとも、私を恨む?
どちらでも構わない。
ただ、生きてさえいてくれれば。
ごめんなさい、アリア。
……貴女と一緒に、生きたかった。
最後の一滴まで魔力を絞り出されながら、静かに目を閉じた。
頬を、一筋の熱い雫が伝う。
ああ、神様。どうかあの子に、幸福な未来を――。
◇
【地下祭壇】
『警告。生体反応、微弱。システム起動まで、あと十秒。九、八……』
私の意識は、もうほとんど残っていなかった。
身体の感覚はない。
自分が生きているのか死んでいるのかもわからない。
ただ、最後に名前を呼びたかった。
……アリア……。
その時。
ズゴォォォォォォォンッ!!
祭壇の天井が、何の前触れもなく爆発した。
分厚い岩盤が粉砕され、巨大な瓦礫がクリスタルの周囲に降り注ぐ。
「……え?」
私は重い瞼をこじ目を開ける。
崩落した天井から差し込む、一条の光。
その光を背に、土煙の中から一つの影が降り立った。
私が設計した、銀色の戦闘服。
ボロボロになりながらも、爛々と輝く獣の瞳。
幻覚だろうか。
死の間際に見る、都合の良い夢なのだろうか。
私がそう思った瞬間、その幻覚が、聞き慣れた元気な声で怒鳴り散らした。
「見つけましたよ、この大馬鹿ご主人様ぁぁぁぁッ!!」
アリアだ。
本物のアリアがそこにいた。
「ア、アリア……!? どうして、ここに……逃げなさいと言ったのに……」
掠れた声で呟く。
アリアは、クリスタルに囚われた私の姿――白くなった髪、やつれた頬を見て、顔を歪めた。
そして、ズカズカとクリスタルに歩み寄ると、その表面をガンガンと叩いた。
「逃げるわけないでしょ! 勝手に死のうなんて許しませんよ!」
「な、何を……貴女は、クビになったのですよ……?」
「聞いてません! 無効です! それに退職金も貰ってない!」
アリアは、私の言葉など聞く耳持たず、クリスタルに向かって拳を構えた。
そのアメジストの瞳には、私への怒りと、それ以上の深い愛情が燃えていた。
ああ、本当に。
貴女という子は、どこまでも私の計算を狂わせる。
「さあ、帰りますよローズマリーさん!」
彼女の拳が、神のシステムであるクリスタルに叩き込まれた。
パァァァァァンッ!!
祭壇を揺るがす衝撃音と共に、クリスタルは砕けた。




