第36話 「壁を砕く拳」
【王宮・正門前広場】
それは、一方的な蹂躙だった。
王宮の守りを固めていた帝国軍の精鋭部隊は、たった一人の「銀色の暴力」によって崩壊しつつあった。
ドォォォォォンッ!!
私が振るう拳が、空気を圧縮し、衝撃波となって敵を吹き飛ばす。
魔導障壁?
殴れば割れる。
重装歩兵?
投げ飛ばせばボーリングのピンだ。
飛竜?
ジャンプして叩き落とす。
私が纏う『銀の戦闘服』は、ローズマリーさんが私のために設計した最高傑作だった。
ミスリル繊維の一本一本が、私の筋肉の動きを完璧にトレースし、内蔵された魔力回路が闘気を何倍にも増幅させる。
この服は、温かい。
まるで、ローズマリーさんが背中から抱きしめて、一緒に戦ってくれているような感覚。
私の身体のサイズ、筋肉の付き方、癖……全てを知り尽くしているご主人様だからこそ作れた、私だけの「皮」。
「どけぇぇぇッ! 私は急いでるんだよぉぉぉッ!!」
私は止まらない。
脳裏にあるのは、たった一つの光景。
雨の倉庫街で、血を吐きながら自分を突き放した、あの痛々しいご主人様の姿。
あの時、彼女は泣いていた。
私のために、悪役を演じて。
ふざけないでよ……!
勝手に守られてたまるもんですか!
もう二度と、あんな顔はさせない。
次は私が、ご主人様を守る番だ。
私は王宮の巨大な正門前に到達した。
厚さ数十センチの鋼鉄製の扉が、行く手を阻む。
「開けろ! アシュトン公爵家だ!」
私は扉に手をかけ、全身の筋肉とスーツの魔力を同調させた。
ミシミシと金属が悲鳴を上げる。
グシャァァァァッ!!
蝶番が引きちぎれ、巨大な鉄扉が飴細工のようにねじ曲がって吹き飛んだ。
門の向こうで待ち構えていた近衛兵たちが、腰を抜かして後退る。
「ひ、ヒィィッ! 化け物だ……!」
私は彼らを一瞥もせず、王宮の回廊へと駆け込んだ。
目指すは地下。
私の大好きな、大馬鹿なご主人様がいる場所。
◇
【王宮・地下への回廊】
私は迷宮のような王宮内を疾走していた。
地図はない。
でも、分かる。
身体に染み付いた、あの「焦がれるような魔力」の匂いが、地下から微かに漂ってくる。
冷たくて、甘くて、少し寂しい、大好きな匂い。
「そこか!」
地下へと続く大階段を見つけた私が、飛び込もうとした瞬間。
「させん! ここから先は、帝国魔導師団が封鎖した!」
階段の踊り場に、数十人の宮廷魔導師が現れた。
彼らは一斉に杖を掲げ、複合魔法陣を展開する。
「重力魔法『奈落の鎖』!」
ズゥゥゥゥン……!
私の身体に、数百倍の重力がのしかかった。
床の石材が砕け、膝が折れそうになる。
内臓が押し潰されるような圧力。
「ぐっ、うぅ……!」
「ハハハ! いくら身体が頑丈でも、動けなければただの的だ! そのまま潰れろ、銀狼!」
魔導師たちが勝利を確信して笑う。
私は歯を食いしばり、床に手をついて耐えた。
重い。
意識が飛びそうだ。
このままでは、間に合わない。
ふざけるな……!
……立て。
立つんだ!
アリア!
こんなの!
ご主人様の「お仕置き」に比べれば、痛くも痒くもない!
あの人は、いつだって命がけで私に向き合ってくれた。
私のために命を削って魔力をくれた。
その愛の重さに比べたら、こんな物理的な重力なんて、羽毛みたいに軽いんだよ!
脳裏に、ローズマリーさんの声が響いた気がした。
『駄犬』
あの少し意地悪で、誇らしげな声。
「……そうだ。私は、ご主人様の……」
私の身体から、銀色の闘気が噴き出した。
スーツの魔力回路がオーバーヒート寸前まで輝き出す。
「私は、ご主人様の『共犯者』だぁぁぁぁッ!!」
私は重力の鎖を物理的に引きちぎり、立ち上がった。
「な、バカな!? この重圧の中で動けるはずが……!」
「どけって言ってるんだよ、三下がッ!!」
私は床を蹴り、魔導師団の真ん中へ突っ込んだ。
魔法陣を踏み砕き、魔導師たちをボウリングのピンのように弾き飛ばす。
階段を駆け下りる。
だが、深い。
地下祭壇までは、まだ距離がある。
「ええい、まどろっこしい!」
私は足を止めた。
匂いは、真下からしている。
なら、話は早い。
私は右拳に、全身全霊の力と魔力を集中させた。
スーツの腕部分が、耐えきれずに火花を散らす。
「ご主人様。……今、行きます!」
私は床に向かって、渾身の正拳突きを放った。




