第35話 「覚醒。私は『道具』じゃない、『共犯者』だ」
【王都・大通り】
王都は燃えていた。
帝国軍の先遣隊と、寝返った保守派の私兵団が街を蹂躙し、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡る。
その地獄の中を、私は一筋の銀色の光となって疾走していた。
ヒュンッ!!
速い。
私は風になっていた。
いや、それ以上だ。
カミーラさんから受け取った、ローズマリーさんが残した『銀の戦闘服』。
ミスリル繊維が私の筋肉の動きを完全にトレースし、内蔵された魔力回路が闘気を何倍にも増幅させる。
背中を覆うマントのような放熱フィンが、夜風を切り裂く。
この服からは、微かにご主人様の匂いがした。
着用した瞬間、わかった。
このスーツの設計図を引いている時、ローズマリーさんが何を考えていたのか。
『ここを補強すれば、アリアは怪我をしない』
『動きやすくしないと、あの子はストレスを感じる』
そんな、過保護なほどの愛情が、繊維の一本一本に編み込まれている。
……温かい。
まるで、ご主人様に背中から抱きしめられているみたい。
涙が出そうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。
泣くな。
これは「遺品」じゃない。
今から私が、ご主人様をぶん殴って連れ戻すための「勝負服」だ。
「邪魔だぁぁぁッ!!」
進路を塞ぐ帝国の軽戦車。
砲塔が私を狙うが、遅すぎる。
止まって見える。
私は減速せず、正面から突っ込んだ。
魔力を纏った銀色の右拳が、鋼鉄の装甲を紙のように貫く。
ドガァァァンッ!!
戦車が横転し、爆発する。
私はその炎を突き抜け、王宮への最短距離を駆け抜ける。
目指すは地下祭壇。
あの大馬鹿で、愛すべきご主人様が、たった一人で命を捨てようとしている場所。
だが、王宮へと続く巨大な跳ね橋の前で、私は急制動をかけた。
ザザザッ……!
そこには、帝国軍ではない、整然とした軍隊が陣取っていた。
白亜の鎧に、王家の紋章。
「近衛騎士団」だ。
「……通して」
私は低く唸る。
騎士たちが道を割る。
その奥から、優雅な拍手と共に一人の男が現れた。
アルベルト王子。
燃え盛る王都を背景にしてもなお、その美貌とカリスマ性は損なわれていない。
私とは対照的な、清廉潔白な「正義」の象徴。
「素晴らしい。……本当に、君は僕の予想を超えてくるね、銀狼」
アルベルトは、銀色のスーツに身を包んだ私を、熱っぽい瞳で見つめた。
「……ローズマリー嬢も罪なことをする。君にそんな『牙』を与えておいて、放棄するなんて」
ピクリ、とこめかみが跳ねた。
放棄?
違う。
あの人は、私を野に放ったんだ。
自由にするために。
「……ご主人様を悪く言うな」
私の殺気に、近衛兵たちが剣を構える。
だが、アルベルトは手でそれを制し、私に歩み寄った。
「アリア。ここから先は通せない。……王宮下の古代兵器が起動している。行けば確実に死ぬ」
「それがどうした。どけ」
「君を死なせたくないんだ!」
アルベルトが声を張り上げた。
初めて見せる、王子の必死な形相。
その目に嘘はない。
彼は本気で、私を救おうとしている。
「アシュトン家は終わった! ローズマリー嬢は、自らの命を糧に古代兵器を起動させた。あれは自殺だ! 君が行ったところで、一緒に燃え尽きるだけだ!」
アルベルトは手を差し出した。
白い手袋に包まれた、汚れのない手。
「僕の手を取れ、アリア。……僕なら君を守れる。君のその力、美しさ、全てを正当に評価し、地位も名誉も与えよう。君は『道具』として消費されるべき器じゃない!」
普通の令嬢なら、泣いて縋り付く場面かもしれない。
でも、私の心は冷めていた。
この人は何も分かっていない。
私が欲しかったのは、「正当な評価」なんかじゃない。
私が欲しかったのは、地位でも名誉でもない。
私は――笑った。
獰猛に、かつ清々しく。
「……こんな状況にしておいて?」
私は一歩踏み出し、王子の胸倉を銀色の手で掴み上げた。
「ぐっ!?」
近衛兵たちが色めき立つが、私の全身から噴き出す闘気が彼らを縫い留める。
私は王子の顔を至近距離で睨みつけた。
「き、君は……!」
「ご主人様は、私を『道具』って言った。突き放した。……でも、ご主人様の目はずっと泣いてたんだよ! 私が死なないように、全部一人で背負い込んで……!」
私の脳裏に、あの雨の倉庫でのローズマリーさんの顔が浮かぶ。
震える手で私を拒絶した、あの不器用な優しさ。
自分は地獄に落ちると決めておきながら、私には「遠くへ行け」と願ったあの手紙。
あんな顔をしておいて、「道具」だなんて笑わせる。
「私はあの方の『道具』じゃない。……『共犯者』だ!」
私は叫んだ。
腹の底から、魂の形を叫んだ。
ただ守られるだけのペットじゃない。
使い捨てられる道具でもない。
あの人が罪を犯すなら、私も一緒に背負う。
あの人が悪だというなら、私はその筆頭の手先になってやる。
「ご主人様が地獄に行くなら、私が先導してやる! ご主人様が死のうとするなら、私が引っ張り戻す! ……安全な場所でニコニコ笑ってるだけのアンタなんかに、私の飼い主が務まるかぁぁぁッ!!」
ドンッ!!
私は王子を突き飛ばした。
尻餅をつくアルベルト。
泥にまみれた王子は、呆然と私を見上げ――そして、自嘲気味に、けれど満足そうに笑った。
「……ははっ。完敗だ。……これほど烈しい愛を、僕は知らない」
アルベルトは立ち上がり、近衛兵たちに命じた。
「道を開けろ!!」
「で、殿下!?」
「彼女は行くと言っている。……未来の『英雄』の凱出だ。邪魔をするな!」
騎士たちが道を開ける。
その向こうには、数千の帝国軍が待ち構える王宮がそびえ立っている。
死地だ。
でも、そこには私が一番会いたい人がいる。
「行け、銀狼! ……そして、あの不器用な女を救ってやれ!」
背後からの王子の檄を背に、私は地面を蹴った。
ドォォォォォンッ!!
私の跳躍が、石畳をクレーターに変えた。
身体が軽い。
心も軽い。
迷いは消えた。
自分は「何者」なのか。
その答えが出たからだ。
私は、ご主人様の『共犯者』!
世界中が彼女を敵と呼んでも、私だけはご主人様の盾であり、剣であり、帰る場所だ!
王宮の前庭を埋め尽くす帝国軍。
数百の魔導兵、戦車、そして上空には飛竜部隊。
私は、その圧倒的な「死の軍勢」に向かって、真っ直ぐに突っ込んだ。
「どけぇぇぇぇッ!! ご主人様のお迎えだぁぁぁッ!!」
ズガァァァァァンッ!!
私が着地した瞬間、衝撃波で周囲の兵士たちが吹き飛んだ。
銀色の戦闘服が輝く。
右手の甲から、魔力で形成された「光の爪」が伸びる。
さあ、ローズマリーさん。
説教の時間ですよ。
「ここからは、お散歩の時間だ!」
私は地を這うように加速した。
戦車を投げ飛ばし、飛竜を撃ち落とし、魔法の弾幕を素手で引き裂く。
目指すは地下深く。
孤独なご主人様が、誰にも知られずに命を散らそうとしている場所へ。




