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第28話 「王宮へ向かう車中。指輪に込められた祈り」

【夕刻:アシュトン公爵邸・着替え室】


「ううぅ……苦しいです、カミーラさん。これ、内臓の位置が変わってませんか?」


私の悲鳴にも似た抗議は、無慈悲に締め上げられるコルセットの音にかき消された。  


鏡の中に映るのは、完璧に作り上げられた「公爵令嬢マリア」の姿だ。  


夜空のようなミッドナイトブルーのドレス。


背中が大きく開いたデザインは、私のしなやかな筋肉美を際立たせ、金髪のウィックは複雑に編み込まれて宝石を散りばめられている。


「我慢なさいませ、アリア様。今宵は王宮晩餐会。アシュトン家の威信がかかっております」


カミーラさんの手際は完璧だったが、その瞳には深い憂いがあった。  


ローズマリーさんは、未だ病床に伏している。


あれだけの奇跡を起こした後だ。


無理もない。


「……でも、ローズマリーさんが寝ているのに、私だけ着飾ってパーティーなんて」


「だからこそ、です。……それに、今宵のエスコート役は、もう到着されています」


「エスコート? 誰ですか?」


「アシュトン家分家筋にして、当主代行の権限を持つお方です」


カミーラさんは複雑な表情で、扉を開けた。


                 ◇


【エントランスホール】


私がホールへ降りると、そこには一人の男が立っていた。  


漆黒の儀礼用軍服に身を包み、腰にはサーベル。  


そして、素顔を隠す仮面。


その姿を見た瞬間、私の全身の毛が逆立った。  


背筋に走る悪寒。  


忘れるはずがない。  


あの日、私が高額バイトを受けた夜。  


暗闇の中で私を組み敷き、身体の隅々まで触れて「魔力感度」を検査した、あの無礼な仮面の男の気配だ。


「……やあ。見違えたな、駄犬」


 男は、私を見るなり口の端を歪めて笑った。  


その嘲るような響き。間違いない。


「貴方は……! あの時の変態仮面!?」


「人聞きが悪いな」


 仮面の男は悪びれる様子もなく、私の前に進み出た。


「レオンハルトだ。……アシュトン家の『影』を統括している」


そして、手袋をした手で、強引に私の顎を持ち上げる。


「ほう……。以前より良い顔つきになった。私の『調教』が効いたかな?」


「触らないでください!」


私は彼の手を振り払った。  


嫌悪感が渦巻く。  


この男は、ローズマリーさんとは違う。


冷たくて、傲慢で、私を道具としてしか見ていない。


「馬車が待っている。……行くぞ、マリア嬢」


レオンハルトは私の抗議を無視し、背中を押すようにして車へと誘った。


                  ◇


【王宮へ向かう車】


重厚な扉が閉まり、車が動き出すと、車内は重苦しい沈黙に包まれた。  


私は対面に座るレオンハルトを睨みつけた。  


彼は優雅に足を組み、窓の外を流れる王都の夜景を眺めている。


「……信じられません」


私の口から、抑えきれない怒りが漏れた。


「貴方が当主代行なら、今までどこにいたんですか! ローズマリーさんが……ご主人様が、たった一人で倒れるまで働いていた時、貴方は何をしていたんですか!」


私の叫びにも、レオンハルトは表情一つ変えない。  


彼はゆっくりと視線を私に向け、鼻で笑った。


「何をしていたか、だと? ……フン。お前のような子供に説明して何になる」


「なんですって……!」


「彼女が倒れたのは、彼女の管理能力不足だ。……もっとも、その尻拭いをするために私が呼び出されたわけだが」


レオンハルトの言葉は冷酷だった。  


ローズマリーさんの献身を、無能と言い放つような態度。  


私は拳を握りしめた。


殴りかかりたい衝動を、ドレスが引き裂かれるからという理由だけで必死に堪える。


「貴方に、ご主人様の何が分かるんですか……!」


「分かるさ。誰よりもな」


レオンハルトは不意に身を乗り出し、私の隣に座り直した。  


距離が近い。


あの夜の記憶がフラッシュバックする。


「……手を出したまえ」


「何ですか、急に」


「いいから」


レオンハルトは私の左手を取り、懐から取り出した一つの指輪を強引に嵌めた。  


深紅の宝石が埋め込まれた、銀の指輪。


ドクン。


指輪が嵌まった瞬間、私の身体がビクリと跳ねた。  


指先から、熱く、粘着質な魔力が流れ込んでくる。  


背筋がゾクゾクするような、甘い痺れ。


「ひゃぅっ……!? な、何これ……!」


「護身用の魔導指輪だ。……ほう、やはり反応が良いな」


レオンハルトは、私の耳元で楽しげに囁いた。


「以前、私が検査した通りだ。お前は魔力への『感度』が異常に高い。……こうして少し魔力を流すだけで、こんなに震えて感じてしまうとは」


「っ……!」


「私の見込み通りだ。素晴らしい素材だよ、お前は」


レオンハルトは、私の紅潮した頬を指でなぞる。  


まるで品定めをするような仕草。  


私は屈辱と、指輪から流れ込む快楽に近い魔力の奔流に耐えながら、彼を睨み返した。


「……最低です。貴方みたいな人が、公爵家の当主代行だなんて」


「何とでも言え。……だが、その指輪は外すなよ。王宮には魔獣よりも恐ろしい化け物がいる。お前のような『無防備な小動物』は、一瞬で食い殺されるぞ」


レオンハルトは私の手を離し、再び冷徹な仮面を被った。


「さあ、着いたぞ。……涙を拭け。公爵令嬢としての仮面を被れ」


車が停止する。  


私は唇を噛み締め、涙をこらえた。  


悔しい。こんな男に守られなければならない自分が。  


そして、この指輪から流れる魔力が、なぜか不快ではなく、どこか心地よく感じてしまう自分の身体が、何より悔しかった。


                  ◇


【王宮】


光溢れる王宮のエントランス。  


レオンハルトが先に降り、私に恭しく手を差し伸べた。  


その仕草は完璧な騎士のそれだが、私には悪魔の誘いにしか見えない。


「参りましょう、お嬢様。……私の側を離れないように」


「……言われなくても。仕事だけはしてくださいね、代行様」


私は嫌々ながらその手を取った。  


繋いだ手を通して、指輪が脈動する。  


煌びやかな会場へ向かう二人の背中。  


ただ、指輪の熱だけが、言葉にならない真実を訴え続けていた。

次回予告 王宮の大広間。 私の登場に、貴族たちの視線が集中する。 好奇と嘲笑の視線の中、アルベルト王子が私に歩み寄る。 「待っていたよ、マリア嬢。……いや、我が愛しの銀狼」 王子は私の手を取り、ダンスを申し込む。

次回、「王宮晩餐会。踊る影武者、暗躍する仮面」

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