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第22話 「英雄になった影武者、疑いを持つ王子」

【翌日:王立学園・サロン】

一夜にして、世界は反転していた。

 

合同野外演習場から登校した私を迎えたのは、かつての侮蔑でも、遠巻きな畏怖でもない。  


熱狂的な「崇拝」だった。


「見ろ、あの方が『森の守護神』マリア様だ!」

「素手でスタンピードを止めたって本当か?」

「熊の上半身をデコピンで消し飛ばしたらしいぞ」


私が通る道には、生徒たちが整列し、まるで凱旋パレードのような拍手が送られる。  


昨日の今日で、尾ひれがついた噂が学園中に広まっていた。  


だが、私の内心は冷や汗で溺れそうだった。


「(……終わった。完全に終わった)」


私は顔を引きつらせながら、優雅に(見えるように)手を振った。  


『目立つな』というローズマリーさんの鉄の掟を、これ以上ないほど派手に破ってしまった。  


屋敷に帰ったら、どんなお仕置きが待っているだろう。


逆さ吊り? 水責め? それとも……解雇?


「はぁ……。胃が痛い。とりあえず購買のクリームパンで心を鎮めよう」


私が逃げるようにサロンの隅へ向かった時、場の空気が凍りついた。  


王家の紋章が入った白銀の鎧を着た近衛騎士たちが、カシャカシャと音を立てて入ってきたのだ。


「マリア・フォン・アシュトン嬢。第一王子、アルベルト殿下が至急お呼びである。同行願いたい」


私の手から、クリームパンが滑り落ちた。  


周囲の生徒たちが「おお、王子直々の謁見か!」「報奨授与に違いない!」とどよめく中、私の顔色は死人のように白くなっていた。


                   ◇


【王立学園・特別応接室】

通されたのは、学園で最もセキュリティが高い特別応接室だった。  


重厚な扉が閉ざされ、鍵がかけられる音が響く。  


革張りのソファには、アルベルト王子が座っていた。  


彼はいつもの柔和な笑顔を浮かべているが、その蒼穹の瞳は笑っていなかった。


「座ってくれ、マリア嬢。……いや、今は『英雄殿』と呼ぶべきかな?」


「め、滅相もございません……!」


私はガチガチに震えながら対面のソファに座った。  


アルベルトは無言で一枚の書類をテーブルに置いた。  


それは、昨日の「魔獣暴走」に関する騎士団の調査報告書だ。


「昨日の君の活躍は聞いているよ。イザベラ嬢を救い、数百の魔獣を一撃で退けたそうだね。……魔法を使わずに」

「そ、それは……火事場の馬鹿力と言いますか、愛の力と言いますか……」


「馬鹿力で、地形が変わるほどの衝撃波は出せないよ」


アルベルトの声色が低くなる。  


彼は別の書類を取り出した。


それは、アシュトン家が提出していた「マリア・アシュトン」の公式な健康診断書だった。


「幼少期より病弱。魔力保有量は平均以下。運動能力は極めて低い。……これが、公式な『マリア』の記録だ」


王子は立ち上がり、私の隣に座り直した。  


そして、私の右手――昨日、熊を殴った拳――を掴み、自身の顔に近づけた。


「昨日の君と、この書類の人物は、どう見ても別人だ。……君は一体、誰なんだい?」


核心を突かれた。  


私の心臓が早鐘を打つ。  


ここで「私は影武者です」と言えば、アシュトン家は王家に対する欺瞞罪で断罪される。


ローズマリーさんも処刑されるかもしれない。


言えない。


死んでも言えない。


私は必死にローズマリーさんの教えを思い出し、「貴族の微笑み(引きつり気味)」を作った。


「……殿下。女には、秘密の一つや二つあるものですわ」


「ははっ、言うね」


アルベルトは私の手を離さず、その指先を親指で愛撫した。

 

その触れ方は、尋問というよりは、口説いているようだった。


「……分かった。今日はこれ以上、追求しないでおこう」


王子は私の耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。


「だが、覚えておいてくれ。僕は君が『誰』であっても構わない。……もし君がアシュトン家の鎖に縛られて苦しんでいるなら、僕がその鎖を解いてあげられる」


「……え?」


「君という『個』が欲しいんだ。アシュトン公爵家の令嬢としてではなく、ね」


それは、アシュトン家への宣戦布告であり、私への明確な引き抜き工作だった。

 

私は冷や汗を拭いながら、何とか部屋を退出した。


王子の瞳は、獲物を狙う狩人のそれだった。


                  ◇


【夕刻:アシュトン公爵邸】

私が屋敷に戻ると、空気は重苦しかった。  


玄関ホールで出迎えたカミーラさんの表情が、いつも以上に険しい。


「お帰りなさいませ、アリア様」


「カ、カミーラさん……。あの、ローズマリーさんは……?」


「地下の『反省室』でお待ちです」


私の背筋が凍った。  


執務室ではない。  


反省室。  


それはつまり、尋問ではなく「刑の執行」を意味する。


                     ◇


【地下反省室】

重い鉄扉を開けると、そこは薄暗い石造りの部屋だった。  


中央には拘束台があり、壁には様々な「教育用」の道具が並んでいる。

 

その中央の椅子に、ローズマリーさんが足を組んで座っていた。  


彼女は、黒いレザーのボディスーツを着ていた。  


身体のラインを露骨に強調し、手にはしなやかな鞭を持っている。  


眼鏡の奥の瞳は、絶対零度。


「……遅かったですね、駄犬」


「も、申し訳ありません! 王子に捕まっていて……!」


「分かっています。……王子に、手を握られましたか?」


ご主人様が立ち上がり、カツ、カツとヒールを鳴らして近づいてくる。


「は、はい……」


「その手で、熊を殴り、衆目を集め、私の『目立つな』という命令を破ったのですね?」


私は床に跪いた。


言い訳はできない。


「駄犬。服を脱ぎなさい」


命令は絶対だ。  


私は震える手で制服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になった。


地下の冷たい空気が肌を刺す。


「拘束台へ」


私は自ら台に上がり、手首と足首を革のベルトで固定された。  


完全に無防備な「大の字」の姿勢。  


ご主人様は冷ややかな目で、私の肉体を観察した。


「……ふん。怪我はないようですね。あれだけの暴力を振るっておいて、無傷とは呆れた頑丈さです」


ローズマリーさんは鞭の柄で、私の胸の谷間をツツーとなぞった。


「ひゃぅっ……!」


「今夜は、徹底的に『再教育』します。駄犬が誰の所有物であるか、その愚かな身体に刻み込んであげましょう」


ご主人様は棚から小瓶を取り出した。  


蓋を開けると、甘く痺れるような香りが漂う。  


「魔力感度を高めるオイル」だ。


ローズマリーさんはオイルを自身の手にたっぷりと取り、私の胸、腹、そして太ももへと塗り広げた。


「あっ、んっ……! 熱い、です……!」


「我慢なさい。……王子には、こんなことされなかったでしょう?」


ご主人様の指が、オイルで滑らかに私の肌を這う。  


敏感になった肌に、ご主人様の冷たい指と熱い魔力が同時に襲いかかる。  


私は快楽と恐怖で身をよじった。


「うぅ……ごしゅじん、さま……許して……」


「許しません。駄犬が勝手なことをしたせいで、どれほど肝を冷やしたか……」


ローズマリーさんの声が震えた。  


彼女は鞭を捨て、私の上に覆い被さった。


「もし、駄犬が正体を暴かれて、処刑されることになったら……もし、王子に奪われたら……」


ご主人様は私の首筋に噛みついた。  


痛みと甘美な痺れ。


「あぐっ!?」


「駄犬は私のものです。勝手な真似は許しません」


「あっ、ああぁぁッ!! ご主人様ぁッ!!」


私は絶叫し、背中を反らせた。


視界が白く弾ける。  


ローズマリーさんは、希少な「魔導オイル」に濡れた指先を、私の鎖骨へと這わせた。


「……答えなさい、アリア。王子は、貴女のどこに触れましたか?」


 指先から流し込まれる微弱な魔力が、オイルの成分と反応し、私の神経を直接弾くような痺れをもたらす。


「あ、ぅっ……! て、手だけ……手だけです、ご主人様……!」


「嘘つき。視線でなぶられたのでしょう? 言葉で撫で回されたのでしょう?」


ご主人様のルージュの瞳は、暗い炎のように揺らめいていた。  


嫉妬ではない。


それはもっと切実な、所有者としての焦燥。  


彼女は私の胸の膨らみを、オイルで濡れた掌で乱暴に鷲掴みにした。


「ひゃぅっ!?」


「あんな男に、貴女の何が分かるというのです。……この肌の弾力も、怯えて震える声も、魔力を流された時の甘い反応も……全て、私だけのものなのに」


ローズマリーさんは、私の身体に覆い被さった。  


黒いレザースーツ越しの体温が、火傷しそうなほど熱い。  


彼女は私の首筋に顔を埋め、まるで野生動物が縄張りを主張するかのように、強く吸い付き、噛んだ。


「痛っ……ごしゅじん、さま……!」


「痛いですか? 覚えなさい。これが貴女の飼い主の(しるし)です」


首筋、胸元、そして腹部へ。  


ご主人様は執拗にキスマークを刻んでいく。  


それは「お仕置き」という名の、あまりにも必死な「懇願」だった。  


私を置いていかないで。私を見捨てないで。  


傲慢な言葉の裏にある、悲痛な叫びが私の肌を通して伝わってくる。


「……ご主人様、待って……感覚が、おかしくなる……っ!」


私が腰をよじって懇願するが、ローズマリーさんは止まらない。

 

オイルで滑る指が、私の太ももの内側を割り、最も敏感な場所へと侵入する。


「あ、ぐぅっ……! あぁぁッ!?」


直接的な快感と共に、膨大な魔力が粘膜から流し込まれる。  


脳が焼き切れるような刺激。  


私の視界が白く明滅する。


「逃がしません。駄犬の身体の細胞一つ一つまで、私の魔力で塗り替えてあげます。……王子の甘い言葉なんて、二度と思い出せないように」


ローズマリーさんの指が、私の中をかき回す。  


私は涙を流しながら、目の前の主人の顔を見た。

 

いつも完璧な「鉄の女」が、今は髪を振り乱し、涙目で、必死に私を繋ぎ止めようとしている。  


その姿を見た瞬間、私の中から恐怖が消えた。  


あるのは、愛おしさだけ。


ああ……この人は、こんなにも独りぼっちなんだ。


借金も、迫りくる敵も、全てたった一人で背負って。  


唯一の拠り所である私さえも、失うことを恐れて震えている。


「……ご主人様」


私は、拘束された手を精一杯伸ばし、彼女の背中に回せない代わりに、その指を強く握りしめた。  


そして、自ら腰を浮かせ、ローズマリーさんの指を深く受け入れた。


「っ!? アリア……?」


「いいですよ……全部。私の全部、ご主人様にあげます」


私は泣きながら、それでも優しく微笑んだ。


「ご主人様の寂しいのも、怖いのも、全部私が食べてあげます。……だから、もっと深く……ご主人様を教えてください」


その言葉が、ご主人様の理性を完全に崩壊させた。


「……アリア」


ローズマリーさんは私の唇を塞いだ。  


舌を絡ませ、唾液を交換し、互いの呼吸を奪い合う。

 

繋がった場所から、ご主人様の命そのものである魔力が、奔流となって私の中に注ぎ込まれる。  


それは、身を削る行為だった。

 

自身の生命力を分け与えるような、禁断の経路(パス)の接続。


「あ、がぁっ! 熱い、熱いぃぃッ!!」


私の身体が弓なりに反る。  


快楽の許容量を超えた魔力の充填。  


しかし、私はそれを拒絶せず、全て飲み込んだ。


「ご主人、様!」


「誰にも渡さない……貴女は私の、私だけの……アリアッ!」


ローズマリーさんの絶叫に近い愛の言葉と共に、私たちは同時に絶頂を迎えた。

 

弾けるような光の感覚。  


互いの境界線が溶け、魂が混ざり合うような一体感。  


私の意識が遠のく中、最後に感じたのは、自身にしがみついて離れないご主人様の震えるような温もりだった。

 

それは、燃え尽きる寸前の蝋燭のような、儚くも激しい命の炎だった。

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