第2話 「日給金貨50枚のメイド募集? それ絶対怪しいやつです」
馬車の中は、驚くほど快適だった。
お尻を包み込むのは、ふっかふかのベルベット。
鼻腔をくすぐるのは、ほのかに甘い高級な香水の香り。
ゴツゴツした岩場や煎餅布団しか知らない私のお尻が、感動で震えているのがわかる。
私はスプリングの効いた座席の上でぽんぽんと跳ねながら、めくるめく皮算用に花を咲かせていた。
「すごい……! さすが金貨五十枚の超好待遇バイト。お迎えの馬車からして格が違うわ!」
普通なら、ここで警戒信号が鳴り響くべきなのかもしれない。
窓にはなぜか厳重な鉄格子が嵌められ、外から「カチャリ」と鍵がかけられたこと。
無愛想な御者の男が、行先も告げずに薄暗い路地裏へと馬車を走らせていること。
これらは全て「逃げられない」というメッセージ。
だが悲しいかな、私の脳内メーカーは、9割が「金」、残りの1割が「肉」で構成されていた。
危機感?
そんな高級な感情、今の私には搭載されていない!
金貨五十枚あれば、学園の入学金は半分払える。
それに、市場でたくさんの肉を買って、おじいちゃんに新しい服も買って……あ、屋敷の雨漏りも直せる!
夢が広がりすぎて、私は窓ガラスに映る自分に向かって、ニマニマと締まりのない顔を晒し続けていた。
ああ、未来は明るい!
一時間ほど揺られただろうか。
馬車が停まった。
ガチャリ、と重い音を立てて扉が開かれる。
「着いたぞ、お嬢ちゃん。ここが職場だ」
御者の男がニタリと笑う。
私が降り立ったのは、貴族街の裏手にある、一見すると倉庫のような建物の裏口だった。
「あれ? 正面玄関からじゃないんですか?」
「新入りは裏から入るのが決まりでね。さぁ、こっちだ」
案内されたのは、窓のない薄暗い応接室だった。
壁にはなぜか、鎖や手枷のような鉄製の道具がインテリアとして飾られている。
うわぁ……前衛的なデザイン。
最近のお金持ちの趣味ってよく分からないわ
キョロキョロと物珍しげに見回していると、奥からメイド服を着た女性が入ってきた。
ただし、そのスカート丈は膝上二十センチくらいで、胸元も零れ落ちそうなほど大きく開いている。
なんというか、教育上大変よろしくないメイドさんだ。
「ようこそ。まずは契約前の『適性検査』を行いますね。こちらの紅茶をどうぞ」
出されたのは、湯気を立てる赤い紅茶。
甘くて濃厚な香りが漂ってくる。
ゴクリ、と喉が鳴った。
今日の食事は、朝に食べた道端の野草と、先ほどの堅い黒パンだけ。
私の胃袋は限界寸前だった。
「い、いただきます!」
私はカップを両手で掴むと、一気に飲み干した。
――甘い! 砂糖がたっぷり入っている。
脳の皺の奥まで糖分が染み渡る。
ああ、生きててよかった。
「……あの、おかわり、ありますか?」
「は?」
露出度の高いメイドさんが、信じられないものを見る目で私を見た。
「えっと、今のお茶、即効性の『夢見草』の濃縮液が入っていたはずなんだけど……」
「夢見草? あー、あれ甘くて美味しいですよね! 根っこを煎じると滋養強壮にいいんです」
「いや、根っこじゃなくて花の方! 象でも三秒で眠る猛毒よ!?」
メイドさんが素っ頓狂な声を上げる。
私は首をかしげた。
極貧生活が長すぎて、賞味期限切れの食材(三年モノの缶詰とか)や、森の怪しげな色のキノコを食べ続けてきた私の胃袋は、いつの間にか並大抵の毒物に対する耐性を獲得していたらしい。
……って、待って?
「猛毒? ……あ! もしかしてこれ、毒見役のバイトだったんですか!?」
私はガタッと椅子から立ち上がった。
話が違う!
「聞いてないですよ! 毒見なら危険手当がつかないと割に合いません! 追加料金を請求します!」
「そういう問題じゃないわよ! おい、男たち! こいつ薬が効かないわ、実力行使よ!」
メイドさんの叫び声と共に、部屋の奥の扉がドカッと蹴破られた。
雪崩れ込んできたのは、筋肉隆々の大男たち四人。
手には棍棒やロープを持っている。
「へっ、威勢のいい嬢ちゃんだ。薬が効かねぇなら、物理的に大人しくさせてもらうぜ!」
男の一人が、私の腕を掴もうと薄汚い手を伸ばしてくる。
ここに至って、ようやく私の脳内のお花畑が枯れ果て、事態のきな臭さを理解した。
「なっ……! だ、騙したんですね! ブラック企業どころか、犯罪組織じゃないですか!」
「気づくのが遅せぇよ! お前はここで『商品』になるんだよ!」
男が棍棒を振り下ろす。 私は反射的に身を翻した。
「商品になんてなりません! 私は王立学園に入学するんです!」
ブンッ!
空を切った棍棒の横をすり抜け、私の拳が男の鳩尾にめり込んだ。
「ぐほっ!?」
男の巨体が、紙切れのように吹き飛ぶ。
壁に激突し、飾ってあった手枷がガシャンと落ちた。
「な……兄貴が一撃だと!?」
「この女、魔力強化を使ってやがる! 魔術師か!」
「ただの貧乏人じゃねぇぞ!」
残りの男たちがたじろぐ。
私は構えを取った。
日頃、「鉄喰い熊」相手に磨いた我流の喧嘩殺法だ。
冗談じゃない。
こんなところで捕まってたまるか。
私にはお爺ちゃんとの約束があるんだ!
「帰らせてもらいます! あと、ここまでの交通費は払ってください!」
私が踏み出そうとした、その時だった。
シューーーーー……。
天井の通気口から、無色のガスが噴き出した。
それと同時に、床に描かれていた魔法陣が赤黒い光を放つ。
「きゃっ!?」
足が、見えない泥沼に嵌まったように重くなる。
体中の力が抜けていく。
魔力を練ろうとしても、霧散してしまう。
なにこれ、立てない……!
「ふふふ……。さすがに『対魔術師用の魔力阻害ガス』と『重力結界』の二段構えなら動けまい」
部屋の奥から、先ほどの露出メイドさんとは違う、低く落ち着いた声が響いた。
現れたのは、黒い燕尾服を着た長身の人物。
顔には、不気味な白い仮面をつけている。
「くっ……体が、動かない……」
いくら毒には耐性があっても、呼吸から取り込むガスと、この重力魔法には対処できない。
私は膝をつき、そのまま冷たい床に倒れ込んだ。
悔しい、悔しい……!
「素晴らしい。毒を無効化する代謝機能に、大男を吹き飛ばす膂力。そしてこのあふれ出る魔力量……」
仮面の男が、私を見下ろしながら愉悦に歪んだ声を出した。
革靴のつま先が、私の頬に触れる。
冷たくて、でもどこかゾクッとする感覚。
「探していたぞ。極上の『素材』を」
私の視界が霞んでいく。
おじいちゃん、ごめんね……。今日の夕飯、作れそうにないや……
薄れゆく意識の中で、最後に思ったのはこんなことだった。
暗転。
そして「次の仕事」は、私が想像していたキラキラしたものとは、全く違う形で始まろうとしていた。
次回予告 目が覚めると、そこは冷たい石造りの部屋。 魔道具で四肢を拘束され、自由を奪われた私の前に、さっきの仮面男が現れる。 「さて、検査の続きをしようか」 男の手が、私の肌を這う。それは尋問という名の、未知の扉を開く儀式だった……って、あれ? 私、なんでドキドキしてるの!?
次回、「目覚めたら拘束されていた 〜仮面の男の「面接」〜」




