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第18話 「嫉妬? ローズマリー様の夜の検閲が厳しい件」

【帰りの馬車:絶対零度の車内】

学園祭の興奮が冷めやらぬ夜道。

 

アシュトン公爵家の紋章が入った車の中は、外の喧騒とは裏腹に、張り詰めた沈黙に支配されていた。

 

対面に座るローズマリーさんは、窓の外を流れる夜景を睨みつけたまま、一言も発しない。


だが、その身体からは紫色の魔力が陽炎のように立ち上り、車内の空気をビリビリと震わせていた。


私の肌が粟立つほどのプレッシャーだ。


「あ、あの、ローズマリーさん? ……怒ってます、よね?」


私が恐る恐る声をかけると、彼女がゆっくりと顔を向けた。  


眼鏡の奥の瞳は、笑っていない。  


瞳孔が収縮し、獲物を前にした爬虫類のような、冷たく、そして飢えた光を宿している。


「……怒る? 私がですか?」


声音は静かだが、そこには煮えたぎるマグマのような感情が渦巻いている。


「私は呆れているのです。ダンスを踊っただけで、王国の第一王子を骨抜きにし、あまつさえ衆人環視の中で求婚されるなど……。貴女は影武者ではなく、ハニートラップの達人だったようですね」


「ち、違います! 私はただステップを踏んでただけで……!」


「黙りなさい」


ピシャリと言葉を遮られる。  


ローズマリーさんは扇子で私の顎をくいっと持ち上げ、その顔を覗き込んだ。


「屋敷に着いたら、すぐに大浴場へ行きなさい。……貴女には、男の『匂い』が染み付いています。不快です」


「は、はい……」


私は小さくなった。

 

今夜のお仕置きは、いつもの比ではない。


私の野生の勘が、甘く危険な夜の訪れを告げていた。


                    ◇


【アシュトン公爵邸・大浴場】

湯気が立ち込める白亜の大浴場。

 

大理石で作られた浴槽には、最高級の薔薇の香油が垂らされたお湯が満たされ、芳醇な香りが充満している。

 

私は一人、身体を洗っていた。  


恐怖と、そして少しの期待で、スポンジを持つ手が震える。


「……そろそろ、いいかな」


その時。  


カツ、カツ、カツ。  


湿ったタイルを叩く、鋭いヒールの音が響いた。


「誰が『いい』と言いましたか?」


濃密な湯気を切り裂いて現れたのは、ローズマリーさんだった。  


だが、その姿は普段のメイド服でも、ドレスでもない。  


身に纏っているのは、薄手の白いシュミーズ一枚のみ。

 

お湯の湿気を含んで肌に張り付き、彼女の華奢ながらも女性らしい曲線を透けさせている。


濡れた黒髪が白い首筋に張り付き、眼鏡を外した素顔は、見たこともないほど妖艶な色気を放っていた。


「ロ、ローズマリーさん!?」


「立ちなさい、アリア」


命令されるまま、私は全裸で立ち尽くす。  


ローズマリーさんは私の周りをゆっくりと歩き、肢体を値踏みするように観察した。

 

視線だけで撫で回されるような感覚に、身体が熱くなる。


「……ふん。無駄に肉がついた、卑しい身体。王子は、この胸の弾力に惑わされたのですか?」


冷たい指先が、私の胸の膨らみをツンと突く。


「ひゃぅっ!?」


「ふん。……ここですか? 王子が触れたのは」


手が、私の腰へと滑る。

 

ダンスで王子が支えた場所だ。  


彼女はそこに、泡立てた硬いスポンジを押し当て、強く、痛いほどに擦り始めた。


「痛っ、痛いです、ローズマリーさん! 皮が剥けちゃいます!」


「痛い? いいえ、これは『消毒』です。他の男の手垢を、私の手で上書きして消しているのですよ」


ローズマリーさんのルージュの瞳が怪しく光る。  


彼女はスポンジを床に投げ捨て、自らの素手で私の肌に触れた。  


その指先からは、神経を直接刺激するような、微弱な魔力が流されている。


「んっ、あっ……! びりびり、するぅ……!」


「私の魔力を毛穴の一つ一つに浸透させて、貴女の細胞の記憶を書き換えます。……思い出させてあげましょう。貴女の飼い主が誰なのかを」


手が、腰から背中へ、そして敏感な太ももの内側へと這う。  


魔力による直接的な快感と、ローズマリーさんの冷たい指の感触。  


相反する刺激に、私の膝が震え、力が入らなくなる。


「うぅ……ごしゅじん、さま……許して……」


私が崩れ落ちそうになると、彼女はその身体を支え、私を浴槽の縁に押し倒した。

 

背中には冷たい大理石、目の前には熱いローズマリーさんの身体。  


逃げ場はない。


「許しません。……特に、この手」


ローズマリーさんは私の左手を乱暴に掴み上げた。  


パーティーの最後、王子が口づけを落とした手の甲だ。


「ここに口づけられた時……貴女は、どんな顔をしていましたか? 頬を染めましたか? 胸が高鳴りましたか?」


「な、何も……ただ、驚いて……」


「嘘つき」


ローズマリーさんは私の手の甲に、自身の唇を押し付けた。


そして、まるで毒を吸い出すように、強く、熱烈に吸い付いた。


「んんっ!?」


チュッ、ジュル……。

 

水音がいやらしいほど響く。  


ただのキスではない。所有印を刻み込むような、執着に満ちた行為。  


彼女はさらに、私の指を一本ずつ口に含み、舌先で愛撫しながらねっとりと舐め上げた。


「あ、あぐっ……! 指、だめぇ……! そこ、感じちゃう……!」


「感じる? 王子にされた時よりも?」


ローズマリーさんが顔を上げ、濡れた瞳で私を見上げる。

 

その表情は、サディスティックでありながら、どこか泣き出しそうなほど切なく、脆い。


「答えて、アリア。……誰のほうが気持ちいいですか? 誰のほうが、貴女を深く愛していますか?」


その問いかけに、私の胸が締め付けられた。  


この完璧に見えるご主人様は、怖がっているのだ。

 

私が王子の元へ――光の当たる場所へ行ってしまうことを。

 

私は、自由になる右手で、ローズマリーさんの濡れた髪を抱き寄せた。


「ろ、ローズマリーさん……! ご主人様だけです。ご主人様の魔力が、一番気持ちいい……! 私は、ご主人様だけの犬です!」


私が泣きながら叫ぶと、ご主人様はようやく安堵したように、とろけるような微笑みを浮かべた。


「……ええ。いい子です」


ローズマリーさんは、私の唇を塞いだ。

 

お互いの息遣いと魔力が混ざり合う、深く長い口づけ。  


浴室の熱気の中で、二人の境界線が溶けていく。


「今夜は逃がしませんよ。……王子の記憶なんて、欠片も残らないくらい、私の色で染め上げてあげますから」


白い肌着が、はらりと床に落ちる。  


湯気の中で重なり合う二つの影。

 

水音と、甘い喘ぎ声だけが、夜明けまで浴室に響き続けた。

 

それは、幸せの絶頂だった。


お互いがお互いを必要とし、他には何もいらないと思えた瞬間。


                    ◇


【翌朝:アリアの自室】

小鳥のさえずりで、私は目を覚ました。

 

身体中が気だるい。


特に腰と、吸われた指先が熱を持っている。

 

左手の甲には、くっきりと赤い「所有の印」が残っていた。


「……すごかった。昨日のローズマリーさん、私を食べる気だったのかな……」


私がぼんやりと自分の手を見つめ、昨夜の情事を思い出して顔を赤くしていると、ドアが開いた。  


完璧な身なりのローズマリーさんが入ってくる。

 

その顔は晴れやかで、昨夜の嫉妬の嵐が嘘のようにスッキリとしていた。


「おはようございます、アリア。……ふむ、顔色は良さそうですね」


「誰のせいだと思ってるんですか……」


「文句は言わせません。おかげで貴女からは、完全に不純物が抜けましたから」


ローズマリーさんは私のベッドに腰掛け、サイドテーブルに置かれた朝食のトレイを指差した。  


そこには、最高級のビーフステーキサンドと、山盛りのフルーツが乗っている。


「ご褒美です。昨夜はよく耐えましたね」


「わぁ! お肉!」


私が尻尾を振って飛びつこうとすると、ローズマリーさんはその手首を掴み、昨夜執拗に愛撫した手の甲の「印」に、そっと優しい、誓いのようなキスを落とした。


「……覚えておきなさい、アリア。貴女はアシュトン家のもの。そして、私のものです。……王妃の座などという安い椅子には、座らせませんよ」


「もちろんです! 私は、ここのご飯と……ローズマリーさんが一番好きですから!」


私が満面の笑みで答えると、ローズマリーさんは一瞬目を見開き、愛おしそうに、そして少しだけ悲しそうに私の銀髪を撫でた。


「……馬鹿な子」


その言葉は、優しく響いた。


「さあ、食べたら仕事ですよ。今日は執務室の大掃除です。書類が溢れていますからね」


「はい、ご主人様!」

次回予告: ローズマリーさんに命じられ、執務室の掃除をしていた私。 私は偶然、机の引き出しの奥に隠された厳重な封印が施された「黒い帳簿」を見つけてしまう。 何気なく開いたそのページに書かれていたのは? 

次回、「公爵家の裏帳簿。この国、もう詰んでませんか?」

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