第16話 「学園祭(前編) カフェの準備で怪力がバレそう」
【王立学園・1年Aクラス教室】
秋の深まりと共に、王立学園は浮き足立っていた。
年に一度の「建国記念学園祭」。
それは貴族の子弟たちがその権威と財力を誇示し、平民たちがその恩恵(屋台飯)にあずかる一大イベントである。
1年Aクラスのホームルームでは、出し物を決める議論が白熱していた。
「やはり、我がクラスは『王家の歴史展』にすべきだ!」
「いや、格式高く『室内管弦楽団』でしょう」
男子生徒たちが退屈な案を出し合う中、教卓の前に立ったイザベラさんが扇子をバシッと閉じた。
「お待ちなさい! そんな地味な出し物で、他クラスに勝てるとお思い? ここは流行を取り入れつつ、貴族の嗜みを見せるべきですわ!」
イザベラさんは黒板に大きな文字を書いた。
『執事・メイド喫茶 〜王宮の午後のように〜』
「平民の間で流行っているという『接客カフェ』を、我々が最高級の品格で再現するのです! 男子は燕尾服、女子はメイド服! 完璧な給仕で来客を魅了しますわよ!」
おおおっ、と男子生徒たちがどよめく。
女子生徒たちも満更ではない様子だ。
そんな中、私だけは全く別のことを考えていた。
カフェ……つまり、売れ残ったケーキやサンドイッチが食べ放題ってこと!?
私の瞳が輝いた。
借金生活が長かった私にとって、「廃棄処分=ご馳走」という図式は魂に刻まれている。
ローズマリーさんのおかげで最近は美味しいものを食べているけれど、タダ飯の魅力には抗えない。
「賛成です! 私、ウェイトレスやります! お盆を三枚同時に持てます!」
私が勢いよく挙手すると、教室が一瞬静まり返った。
「あの『破壊神マリア様』がメイド服を……?」という困惑と、「見てみたい(怖いもの見たさ)」という好奇心が交錯する。
「……よろしいですわ。マリアさんが賛成なら決まりね」
イザベラさんが満足げに頷き、クラスの運命は決定した。
◇
【放課後:資材搬入エリア】
準備初日。
私は「力仕事班」に配属されていた。
私が希望した。食べ物を運ぶとつまみ食いしそうだから。
校舎裏には、内装用の木材や家具が山積みになっている。
「おい、このカウンターテーブル、重すぎるぞ!」
「『鉄木』製だもんな……四人がかりでも持ち上がらない……」
男子生徒たちが、長さ三メートルはある重厚なカウンターの前で呻いている。
鉄のように硬く重い、高級木材だ。
魔法で身体強化をしても、運ぶのは至難の業。
「あー、もう! 誰か教官を呼んでこい! これじゃ日が暮れる!」
男子たちが諦めて離れようとした時、私はトテトテと近づいていった。
片手には、差し入れのパンを持っている。
「あのー、手伝いましょうか? 」
「えっ、マリア様!? 危ないですから下がっていてください! これは男でも……」
男子生徒が言い終わる前だった。
ヒョイ。
私はパンを口に咥えたまま、空いた左手でカウンターの端を掴み――軽々と持ち上げた。
そのまま肩に担ぐ。
「んぐ、んぐ……ふぅ。よいしょっと」
私はスタスタと歩き出した。
男子生徒たちの目が点になる。時が止まる。
「え……?」
「い、今、片手で……?」
「身体強化の魔法陣も見えなかったぞ……?」
教室まで運んでから、私はようやく周囲の「ドン引き」した視線に気づいた。
冷や汗が吹き出す。
やってしまった。
「病弱で儚げな令嬢」が、土木作業員顔負けの怪力を披露してしまった。
「あ、あはは……! これ、すごく精巧にできた『張りぼて』なんですよ! 中身スカスカなんです!」
私は必死に言い訳し、証明するためにカウンターを指で叩いた。
ゴンッ!
重厚で詰まった音が響く。誰がどう聞いても無垢の鉄木だ。
「……す、すごい密度が高い空気ですね! 最近の張りぼてはすごいなぁ!」
私は引きつった笑顔で誤魔化した。
男子生徒たちは顔を見合わせ、震える声で囁き合った。
「……やはり、噂は本当だったんだ」
「マリア様は、人の姿をした竜種なんだ……」
「逆らったら物理的にミンチにされるぞ」
私への畏怖レベルが、また一つ上がった。解せぬ。
◇
【被服室:衣装合わせ】
力仕事の後は、地獄の衣装合わせだった。
女子生徒たちが更衣室で、業者から届いたメイド服に着替えている。
「まあ、可愛らしいデザイン!」
「でもこれ、ウエストがきつくない?」
キャッキャと盛り上がる中、私だけはカーテンの中で脂汗を流していた。
……入らない。物理的に、入らない
私は鏡を見た。
サイズは合っているはずなのに、背中のファスナーが上がらない。
原因は明確だ。
日々の労働と、ローズマリーさんによる「夜の調整」のおかげで、私の発育が良くなりすぎているのだ。
特に胸囲が。
「んんっ……! あと少し……息を止めれば……!」
私は腹を引っ込め、無理やりファスナーを引き上げた。
ビチィッ!!
不穏な音がした。
布が悲鳴を上げている。縫い目が限界だ。
「マリアさん? 大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」
カーテンの外から、イザベラ様の声がする。
「だ、大丈夫です! 今出ます!」
私がカーテンを開けた、その瞬間。
パァァァンッ!!
弾けた。
胸元のボタンが弾丸のように射出され、向かいの壁にめり込んだ。
同時に、背中のファスナーが崩壊し、メイド服が爆散した。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
周囲の女子たちが悲鳴を上げて目を覆う。
私は下着姿(しかもローズマリーさんに履かされた勝負下着)で立ち尽くすことになった。
「あ、あはは……布が弱かったのかな……?」
絶体絶命の空気。
その時、被服室のドアが静かに開いた。
「失礼いたします」
現れたのは、無表情なメイド――カミーラさんだった。
彼女は恭しく一礼し、手にした大きな箱を私に差し出した。
「マリア様。ローズマリーより、『既製品など我が家の者に相応しくない』とのことで、特注の衣装をお持ちしました」
「カミーラさん! 助かったぁ!」
私は救世主にすがりついた。
しかし、箱を開けた瞬間、私の顔が引きつった。
そこに入っていたのは、黒のシルクと純白のフリルで作られた、超高級メイド服。
だが、スカート丈が妙に短い。
そして胸元のカッティングが深い。
添えられたカードには、ローズマリーさんの流麗な筆跡でこう書かれていた。
『私の駄犬には、もっと機能的で可愛らしい首輪付きのデザインが似合います。楽しみなさい』
……これ、絶対ご主人様の趣味で作ったやつだ!
私は赤面しながらも、それを着るしかなかった。
着替えて出てきた私の姿に、女子生徒たちはため息を漏らした。
「……すごい」
「本物のメイドさんみたい……いや、お人形さんみたいだわ」
「スタイル良すぎ……」
イザベラさんが悔しそうに、しかし頬を染めて呟いた。
「……ふん。少しはマシに見えますわね。……よくてよ、当日は貴女が看板娘です」
こうして、私は「怪力疑惑」と「破廉恥ボディ疑惑」を抱えたまま、学園祭本番を迎えることになった。
次回予告 いよいよ学園祭当日。 私のクラスのカフェは大盛況。私は「いらっしゃいませ、ご主人様(棒読み)」で客を捌くが、トラブルメーカーの血が騒ぐ。 そして夕刻、メインイベントのダンスパーティー。 「僕と踊ってくれるかい?」 現れたアルベルト王子。衆人環視の中、彼は私の手を取り、とんでもない爆弾発言を投下する。
次回、「学園祭(後編) ダンスパーティーで王子に求婚される!?」




