第12話 「潜入! 闇オークションと紅の死の商人」
【王都・貧民街エリア】
月明かりさえ届かない、腐った生ゴミと下水の臭いが漂う路地裏。
場違いなほど豪奢な漆黒の馬車が、音もなく滑り込んだ。
御者が恭しく扉を開ける。
最初に降り立ったのは、夜の闇を凝縮したようなドレスを纏った貴婦人――変装したローズマリーさんだ。
顔半分を覆う精巧なベネチアンマスク。
豊かな黒髪は高く結い上げられ、手にした扇子で口元を隠すその姿は、妖艶な「闇の女王」そのものだった。
そして、その背後から、ガシャリ、と鎖の音が響く。
「うぅ……寒い。そして恥ずかしい……」
這い出してきたのは、私、アリアだった。
私が身につけているのは、布面積が極端に少ないボンテージ風のレザー衣装だ。
健康的な太ももや二の腕が露わになり、首にはがっしりとした革の首輪が巻かれている。
顔には目元を隠すアイマスク。
手首は後ろ手に拘束され、首輪から伸びた銀の鎖を、ローズマリーさんが握っている。
どう見ても、高貴な変態貴族に飼われている「ペット」そのものだ。
「お静かに。ここは王国の掃き溜め、理性が死ぬ場所です。普通の神経でいては怪しまれますよ」
ローズマリーさんは冷酷な女主人の声を出しながら、私の首輪に繋がれた銀の鎖をクイッと引いた。
「ほら、歩きなさい。駄犬」
「わ、わん……(酷いですよ!ご主人様……!)」
私たちは腐った板きれを踏みしめ、廃教会の崩れかけた入り口へと向かった。
地下へと続く階段の前には、禿頭の巨漢が見張りに立っている。
全身に入れ墨を入れた、元冒険者崩れの用心棒だ。
「……会員証は?」
ローズマリーさんは無言で、偽造された黒いカードを差し出す。
男はカードを確認すると、値踏みするような下卑た視線を、四つん這いの私に向けた。
「いい肉付きだ。……合言葉を」
ローズマリーさんは扇子を閉じ、男の耳元で艶やかに、しかし凍りつくような殺気を混ぜて囁いた。
「――『赤い薔薇は夜に咲く』」
ギギギ、と重苦しい音を立てて、鉄の扉が開かれた。
その瞬間、地下から漏れ出したのは、むせ返るような香水の匂いと、紫煙、そして爛れた欲望の熱気だった。
◇
【闇オークション会場】
かつて神への祈りが捧げられたはずの礼拝堂は、今や悪徳の神殿と化していた。
ステンドグラスは割れ、代わりに数千の魔石ランプが怪しく輝いている。
仮面をつけた数百人の着飾った男女が、ワイングラスを片手に談笑していた。
ステージの上では、既にオークションが始まっていた。
競りにかけられているのは、南方大陸から密輸された珍獣や、教会が禁忌指定している魔導書など、表の世界ではお目にかかれない代物ばかりだ。
「(うわぁ……空気が悪い。それに、みんな目が怖い)」
私は本能的な不快感を感じた。
ここにいる人間たちは、私たちのような「商品」を、人間として見ていない。
ただの肉塊か、道具として見ている目だ。
私はローズマリーさんのドレスの裾を強く握った。
ご主人様がいなければ、一瞬で飲み込まれそうだ。
「(アリア、怯えるフリをしなさい。貴女は『調教済みのペット』です。無心で私の足元に侍っていなさい)」
ローズマリーさんが小声で叱責する。
彼女は優雅にシャンパンを受け取りながら、扇子の隙間から会場内を鋭く観察していた。
カミーラさんから渡された超小型の魔導スキャナーが、ドレスの袖口で微かに振動している。
狙いは、会場のどこかにあるはずの「顧客リスト」と「在庫管理簿」だ。
「さぁ、皆様お待ちかね! 本日の目玉商品の登場です!」
司会者が声を張り上げると、ステージ中央にワゴンが運ばれてきた。
ベルベットの覆いが取られる。
――ざわっ。
会場がどよめいた。
そこにあったのは、赤黒く脈動する光を放つ宝石の山。
イザベラさんが使ったのと同じ「魔力増幅石」だ。
「隣国の最新魔導技術が生んだ奇跡の石! これを飲めば、魔力のない者でも一夜にして大魔導師! さあ、開始価格は金貨五百枚から!」
狂熱。
次々と手が挙がる。
その中には、見覚えのある保守派貴族の顔も、騎士団の幹部の顔も混じっていた。
「六百枚!」
「千枚だ! 我が息子のために!」
「(……嘆かわしい。金で力を買い、その代償に身体が蝕まれるとも知らずに)」
ローズマリーさんの目が冷ややかに細められる。
証拠は掴んだ。
あとはリストの場所を特定し、ここを壊滅させるだけだ。
その時だった。
フワリ、と。
会場の淀んだ空気を切り裂くように、濃厚な薔薇の香りが漂った。
それも、血の錆びた匂いが混じった、危険な香り。
会場の入り口付近が静まり返り、人々が左右に割れる。
現れたのは、一人の女性だった。
燃えるような真紅の髪。
豊満な肢体を包むのは、返り血を浴びたような深紅のドレス。
周囲が仮面で顔を隠す中、彼女だけは素顔を晒している。
隠す必要などないと言わんばかりの、圧倒的な自信と傲慢さ。
その女が歩くだけで、場の空気が支配されていく。
「……あら。私の『失敗作』が売られているのね」
その声を聞いた瞬間、完璧な演技を続けていたローズマリーさんの肩が、ピクリと震えた。
「(……まさか、本人が来ているとは)」
私は、ご主人様の動揺を鎖を通じて感じ取った。
「(ローズマリーさん? 知り合い?)」
「(ええ。……、隣国最大の武器商人。ベアトリス・ヴァン・ルージュです)」
ベアトリスは扇子を広げ、ステージ上の増幅石を嘲笑うように見下ろした。
「こんな粗悪品に大金を払うなんて、王国の貴族様は本当にお金持ちでいらっしゃるわ。……あら?」
ベアトリスの視線が、ふと客席を彷徨い――ローズマリーさんと私の場所でピタリと止まった。
心臓が跳ねる。
仮面をつけているのに、見透かされているような感覚。
ベアトリスは、ローズマリーさんを見てニヤリと笑い、そして視線をその足元の私へと移した。
彼女は鼻をひくつかせた。
まるで、極上の獲物を見つけた肉食獣のように。
「……へぇ。面白い匂いがするわね」
ベアトリスが、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
ヒールの音が、死神の足音のように響く。
「(しまっ……! アリア、目を逸らしなさい!)」
ローズマリーさんが警告するが、遅かった。
ベアトリスは二人の目の前で立ち止まり、扇子で私の顎をクイッと持ち上げた。
「ねえ、そこの素敵なペットをお連れの貴婦人。……この子、少し触らせてくれないかしら?」
至近距離で見るベアトリスの瞳は、宝石のように金色に輝いていた。
その瞳が、私の奥底に眠る「規格外の魔力」を見定めようとしていた。
私は本能で理解した。
この人は、ローズマリーさんとは違う。
ご主人様が「飼い主」なら、この女は「捕食者」だ。
「……良い身体をしているわ。ねえ、いくら? この子、私が倍の値段で買ってあげる」
ベアトリスの指が、私の首輪に伸びる。
ローズマリーさんの手が、私の鎖を強く握りしめた。
次回予告 :宿敵ベアトリスとの予期せぬ遭遇。 彼女は私の特異性に興味を持ち、執拗に絡んでくる。 「あなた、ただの奴隷じゃないわね? その身体、すごく……頑丈そう」 正体がバレる危機! ローズマリーさんは私を守るため、危険な賭けに出る。 そして、オークション会場は突如として修羅場と化す!?
次回、「大乱闘! 奴隷は鎖を引きちぎる脱出、そして王子はハンカチを差し出す」




