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第10話 「決闘! 悪役令嬢は魔法を使わない(物理で殴るから)」

【王立学園・廊下】

その日、私は人生のどん底にいた。

 

手に持っているのは、返却されたばかりの「魔法理論」の小テスト。  


そこには、鮮やかな赤インクで無慈悲に『0点』と書かれていたからだ。


「うぅ……終わった。補習だ。お肉抜きだ。夜通し緊縛説教コースだ……」


私が廊下の隅でキノコが生えそうなほどどんよりしていると、コツ、コツ、とヒールの音が近づいてきた。


「あら、随分と辛気臭い顔ですこと。マリア・アシュトン様?」


顔を上げると、そこには取り巻きを引き連れたイザベラ様が立っていた。  


彼女の目は、手負いの獲物をいたぶるような残忍な光を宿している。


「筆記試験は散々だったようですわね。……ふん、所詮は成金の娘。教養の無さが露呈しましたわ」


「うっ……否定できないのが辛い」


「それでは、王子の横に立つ淑女としてふさわしくありません」


イザベラ様は懐から白い革手袋を取り出し、私の足元にパサリと投げつけた。

 

決闘の申し込みだ。


「明日の『魔法実技試験』。対戦形式で行われるその試験で、わたくしと勝負なさい。もし貴女が負けたら……アルベルト殿下に婚約破棄を申し出て、この学園から去っていただきます」


「えっ、退学!?」


「嫌なら逃げてもよろしくてよ? その代わり、アシュトン家は『敵前逃亡した臆病者の家』として末代まで笑い者ですわ」


周囲の生徒たちがざわめく。

 

これは単なる生徒間の喧嘩ではない。保守派筆頭のローゼン家が、改革派のアシュトン家を公の場で潰しに来たのだ。  


私は唇を噛んだ。  


私が馬鹿なせいで、ローズマリーさんやカミーラさんに迷惑をかけるわけにはいかない。


「……分かりました。受けます」


「オーッホッホ! 明日が楽しみですわね!」


イザベラ様は高笑いを残して去っていった。

 

私は震える手で0点の答案用紙を握りしめた。  


どうしよう……私、まともな魔法なんて一つも使えないのに!


                   ◇


【アシュトン公爵邸・地下修練場】

「……事情は聞きました」


その夜。  


ローズマリーさんは仁王立ちで、跪く私を見下ろしていた。  


傍らにはカミーラさんが、明日の対戦相手であるイザベラのデータを投影している。


「イザベラ・フォン・ローゼン。中級炎魔法の使い手であり、実技成績は学年トップクラス。……対して、貴女の魔法適性は『破壊』のみ。まともに撃ち合えば、会場ごと吹き飛ばして失格ですね」


「ですよね! どうしましょう、ローズマリーさん!」


私が泣きつくと、ローズマリーさんは深いため息をつき、一本の「杖」を取り出した。

 

それは、黒光りする金属製の杖だった。


装飾はなく、ただ無骨で、やけに重そうに見える。


「これは?」


「特注のミスリル合金製ロッドです。重量は20キロ。ドラゴンの鱗すら貫く硬度を持っています」


「えっと……魔法の杖、ですよね?」


「いいえ。『鈍器』です」


ローズマリーさんは真顔で言い放った。


「いいですか、アリア。貴女に繊細な魔法制御を教える時間はありません。ならば、貴女の得意分野で勝負するしかありません」


ローズマリーさんは眼鏡を光らせ、黒板に作戦を書き殴った。


「作戦名『物理こそが最強の魔法である』。……貴女は魔法を詠唱するフリをして、その身体能力で現象を引き起こすのです」


「へ?」


「例えば、地面を強く蹴れば『土魔法』。杖を高速で振れば『風魔法』。相手に高速で接近すれば『瞬間移動』です。……バレなければ、それは魔法です」


「無茶苦茶だ!?」


「やりますか? やりませんか? 負ければ退学。駄犬の借金返済も白紙ですよ?」


借金。  


その言葉に、私の目に炎が宿った。


「やります! 私、立派な魔法使い(物理)になります!」


                 ◇


【翌日:王立学園・第1闘技場】

実技試験会場は、異様な熱気に包まれていた。  


観客席には全校生徒だけでなく、視察に来たアルベルト王子や、各派閥の貴族たちの姿もある。

 

この一戦が、ただの試験ではないことを誰もが理解していた。


「勝者には栄光を! 敗者には泥を! 始め!」


審判の合図と共に、イザベラ様が動いた。


「わたくしの炎で灰になりなさい! 『紅蓮の槍(フレイム・ランス)』!」


イザベラ様の杖から、巨大な炎の槍が放たれる。  


熱波が会場を洗う。一年生とは思えない火力だ。


速い! 


でも……鉄喰い熊の爪よりは遅い!


私は杖を構えた。詠唱などしない。  ただ、地面を強く踏みしめる。


「『土壁アース・ウォール』!」


ドォォォォン!!


私が地面を思い切り蹴り上げると、石畳が爆発したようにめくれ上がり、巨大な石の壁となって炎を防いだ。  


土煙が舞う。


「なっ!? 無詠唱で土魔法を!?」


イザベラ様が驚愕する。


観客席もどよめく。  


よし、バレてない!


私は土煙の中から飛び出した。


「お返しです! 『鎌鼬(ウィンド・カッター)』!」


私はミスリルの杖を、野球のフルスイングのように横に薙ぎ払った。


ブォォォォンッ!!


杖が音速を超え、衝撃波が発生する。

 

それは真空の刃となり、イザベラ様に向かって飛翔した。

 

本来のウィンド・カッターではない。


ただの「すごい風圧」だ。  


だが、その威力は本物を凌駕していた。


「きゃぁぁぁっ!?」


イザベラ様は防御障壁を展開したが、風圧で障壁ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ば、馬鹿な……わたくしの魔法が、力負けするなんて……!」


イザベラ様はよろよろと立ち上がる。  


その目は血走り、プライドを粉々にされた屈辱に震えていた。  


彼女は懐から、赤い光を放つ宝石を取り出した。


「許さない……許しませんわ! こうなったら、あれを使うしか……!」


あれは……『魔力増幅石』?  いや、冒険ギルドで見たことある!違法魔道具だ。


生徒が持っていていい代物じゃない!


イザベラ様が宝石を飲み込むと、彼女の全身から赤黒い炎が噴き出した。  


暴走状態。


魔力が制御を失い、彼女自身の命を削りながら燃え上がる。


「死になさい! 『地獄の業火インフェルノ・バースト』!」


闘技場全体を飲み込むほどの火球が膨れ上がる。  


審判が「危険だ! 結界を張れ!」と叫ぶが、間に合わない。

 

このままでは、観客席の生徒たちも巻き込まれる。


あの子、自分がどうなるか分かってるの!?


私は見た。  


炎の中で、イザベラ様が泣きそうな顔をしているのを。  


「勝ちたい」「家のために負けられない」というプレッシャーに押しつぶされ、力に飲み込まれてしまった少女の顔。


……まったく、手のかかるクラスメイトだなぁ!


私は逃げなかった。

 

ミスリルの杖を地面に突き刺し、腰を落とす。  


ローズマリーさんから教わった「魔力制御」なんて、もう忘れた。  


今必要なのは、全部ぶっ飛ばす一撃だけだ。


「私の魔力(きんにく)、全部持ってけぇぇぇ!!」


私は杖を引き抜き、炎の渦に向かって突撃した。  


魔法ではない。  


全身に魔力を纏い、ただ「殴る」ためだけの特攻。


「必殺! 『流星撃(メテオ・ストライク)』ぉぉぉぉ!!」


私は炎の中心に飛び込み、イザベラ様の展開する炎の核を、ミスリルの杖で思い切り叩き割った。


――ズドンッ!!!


衝撃が空気を揺らす。  


赤黒い炎が、私の一撃によって物理的に霧散した。

 

爆風が吹き荒れ、煙が晴れた時。

 

そこには、杖を振り抜いたポーズの私と、へたり込んで呆然とするイザベラ様の姿があった。


静寂。  


やがて、誰かがポツリと言った。


「す、すごい……」


「炎を……殴って消したぞ……?」


「あんな魔法、見たことがない……!」


ワァァァァァッ!!  


会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

 

VIP席のアルベルト王子は、立ち上がって拍手を送っていた。  


私はイザベラ様に手を差し伸べた。


「……大丈夫ですか? 火遊びは、おねしょしますよ」


「あ……うぅ……」


イザベラ様は涙目で私の手を取り、そのまま気絶した。

 

勝負あり。私の完全勝利(物理)だった。


                 ◇


【放課後・医務室】

イザベラ様は命に別状はないが、魔力枯渇で入院となった。

 

私はローズマリーさんに呼び出され、医務室のベッドに座らされていた。


「……アリア」


「は、はい! 勝ちましたよ! 魔法(物理)で!」


私が満面の笑みで報告すると、ローズマリーさんは冷たい手で私の頬を触れた。

 

そこには、炎による火傷の痕があった。


「……無茶をしすぎです。もし打ち所が悪ければ、貴女も消し炭でしたよ」


「でも、あの子を助けたかったし……ローズマリーさんに、迷惑かけたくなかったから」


私が照れくさそうに言うと、ローズマリーさんは一瞬息を呑み、そして深くため息をついた。

 

彼女は懐から、治癒魔法のポーションを取り出し、私の火傷に塗り始めた。

 

その指先は、驚くほど優しい。


「……どちらにしろ、また給料から天引きです。闘技場の床と、結界装置を破壊しましたからね。修理費は莫大です」


「えぇぇぇっ!?」


「ですが……」


 ローズマリーさんは私の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。


「アシュトン家の名を高めた褒美として……今夜は貴女の好きな部位を、好きなだけ『可愛がって』あげます」


その声色は、甘く、とろけるよう。


「覚悟しておきなさい。駄犬」


私の顔がボンッと赤くなる。  


勝者への報酬は、甘くて危険な夜のレッスン。

 

私の学園生活は、騒動と共にさらに深みへとハマっていくのだった。

次回予告: 実技試験での勝利により、私は一躍学園のスターに。 クラスメイトたちの掌返し、そしてイザベラのデレ(?)が始まる。 しかし、その裏で不穏な影が動いていた。 イザベラが使った「違法魔道具」。その出処を探るため、ローズマリーは夜の街へ潜入捜査を開始する。

次回、「昨日の敵は今日の友? ツンデレ令嬢と闇への招待状」

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