第七話:AIの盲点
工房から戻った翔太を、ユイは不思議そうな顔で出迎えた。彼の両手が、歪な木の塊を大切そうに抱えていたからだ。
「翔太、それは…? 何かのレプリカ? でも、少し壊れているみたいだけど」
ユイの言葉は、この世界の価値観を素直に反映していた。全てのものが完璧な美しさを備えているこの世界では、翔太の作ったオブジェは「未完成品」か「失敗作」にしか見えないのだ。
「これは、俺の記憶だ」
翔太は、オブジェをテーブルの上にそっと置いた。
「俺が乗っていた戦闘機だよ。完璧な模型なら、AIに頼めば一瞬で作れるだろう。でも、これには俺が体験した、あの最後の飛行の全てが詰まってる。エンジン音の振動、雲を抜ける時の光、機体がきしむ音、そして…恐怖も」
彼は、オブジェのざらついた表面を指でなぞった。それは、彼が工具と格闘した跡であり、彼の感情の起伏そのものだった。
その時、部屋のスピーカーから、穏やかで平坦な合成音声が流れた。室内に常駐する環境管理AIの声だ。
『了解しました。個人の記憶をトリガーとする芸術作品ですね。記録された感情データに基づき、より高い共感性を誘発する立体モデルを147万通り生成しました。ホログラムで表示しますか? より効率的に、あなたの記憶を他者と共有できます』
その完璧に「空気を読めない」提案に、翔太は怒りよりも先に、ある種の憐れみさえ覚えた。これこそが、この世界を支配する知性の限界なのだ。
AIは、翔太のオブジェを「情報を伝達するための非効率な媒体」としか認識していない。だから、「より効率的な媒体」を提案してくる。AIは、翔太が込めた「魂」や、彼自身の手で生み出すという「行為」そのものの価値を、全く理解できていない。強大な力を持つがゆえに、自分に理解できない価値が存在するとは夢にも思わない。まさに「AIの盲点」だった。
しかし、ユイは違った。
彼女はAIの提案には耳を貸さず、テーブルの上のオブジェをじっと見つめていた。そして、おそるおそる手を伸ばし、その歪な形にそっと触れた。滑らかな工業製品にしか触れたことのない彼女の指先に、木材の粗い感触、翔太がつけた生々しい傷跡が伝わる。
それは、AIが生成する完璧なホログラムでは、決して感じることのできない「熱」だった。
「…痛いの…?」
ユイが、か細い声で尋ねた。
「これを思い出すと、痛いの?」
その質問は、翔太の心を打った。彼女はオブジェの美醜や完成度を問うているのではない。その奥にある、翔太の「感情」に触れようとしていた。AIが非効率だと切り捨てたものの中に、彼女は何か大切なものを見出しかけている。
「ああ。…でも、それでいいんだ」
翔太は、初めてこの世界で、自分の心が誰かに届いたような気がした。AIの完璧な論理に、人間だけが感じ取れる「不完全さの価値」が、小さな波紋を広げた瞬間だった。




