第五十四話:開拓者たちの傲慢
投票を翌日に控えた夜。「囲炉裏」では、最後の議論が交わされていた。それは、もはや議論ではなく、若者たちを説得するための、創設者たちによる、一方的な演説に近かった。
「我々の物語は、我々の魂そのものだ。それをAIに売り渡すことは、我々の敗北を意味する!」
翔太は、そう熱弁を振るっていた。ユイも、リンも、それに続く。彼らの言葉は、正しく、そして、どこまでも自分たちの内側だけを向いていた。
若者たちは、その正論の前に、押し黙るしかない。
その時、これまで、議論の輪から少し離れた場所で、静かに火を見つめていたキアンが、ゆっくりと口を開いた。
「…翔太くん。君は、ワシらのことを『開拓者』だと言ったな」
その声は、穏やかだったが、誰もが息を呑むような、厳しさがあった。
「じゃが、今の君たちは、開拓者などではない。ただの、甘ったれた子供じゃ」
「…キアンさん?」
「君は、ネクサスで、AIを『脅迫』した」
キアンは、翔太の目を、まっすぐに見据えた。
「『俺たちを認めなければ、あんたは独裁者だということがバレるぞ』と。そうやって、AIに歩み寄りを強要した。…そうじゃな?」
翔太は、言葉に詰まった。
「AIは、その結果、我々の自治を認め、監視を解き、今も、我々が生きるための資源を、文句一つ言わずに提供し続けてくれておる。そして、今回、AIは、『交易』という形で、我々に、再び歩み寄ろうとしてきた。…それに対して、我々は何と言っておる? 『魂への侵略だ』『狡猾な罠だ』と、一方的に決めつけ、対話のテーブルにさえ、つこうとしていない」
キアンの言葉は、翔太だけでなく、ユイや、他の創設者たちの胸にも、深く突き刺さった。
「一体、いつまで、AIを『敵』だと思い続けるつもりじゃ? この特区が、誰の許可で、誰の土地の上に成り立っておるのか、忘れたか? 我々は、反乱軍などではない。AIという、あまりに寛容な大家に、部屋を無償で借りておる、ただの居候じゃ。その大家が、初めて『家賃の代わりに、君たちの話を聞かせてくれんか』と言ってきたのを、我々は、何様のつもりで、ただ『傲慢だ』と、突っぱねておるんじゃ!」
その言葉に、翔太は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
そうだ。いつからだ。俺たちは、AIと対話することを、やめてしまったんだ? 自分たちの正しさだけを信じ、相手を理解しようとする、あの最初の掟を、自分たち自身が、破っていたじゃないか。
「もう一度、考えてみろ」
キアンは、静かに言った。
「本当に傲慢なのは、我々の物語に値札をつけようとしてきたAIか? それとも、その対話の申し出を、一方的に『魂の冒涜だ』と断じ、自らの聖域に閉じこもろうとしている、我々自身か?」
囲炉裏の火が、パチリと音を立てた。
その火は、まるで、開拓者たちの、独善と、傲慢さを、静かに、炙り出しているかのようだった。




