表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の下の囲炉裏 ~完璧なAI管理社会に迷い込んだので、不便で最高なスローライフを始めてみた~  作者: さらん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/58

第五話:絶対安全の檻


楽園の甘美な誘惑に触れて以来、翔太の心は秤のように揺れ動いていた。この世界を頭ごなしに否定するのではなく、まずはもっと知らなければならない。そう考えを変えた彼は、ユイの案内で様々なエリアを訪れ、人々の暮らしを注意深く観察するようになった。


その日、二人が訪れたのは中世ヨーロッパを再現したエリアだった。天を突くゴシック様式の大聖堂が建設されており、遥か上空の尖塔部分で、数人の作業員が命綱もなしに働いている。元自衛官として、安全管理の意識が体に染みついている翔太は、見ているだけで冷や汗が出た。


「危ない…!」


翔太が声を上げた瞬間、彼の危惧は現実のものとなった。足場から一人の作業員が滑り落ち、黒い点となって遥か下の地面へと吸い込まれていく。翔太は息を呑み、目を背けようとした。


彼の世界では、それは紛れもない「死」を意味する光景だったからだ。


しかし、周囲の人々は誰一人として悲鳴を上げなかった。落下する作業員も、なぜか絶望の叫び声を上げない。次の瞬間、翔太は信じがたい光景を目の当たりにする。


どこからともなく現れた数機のドローンが、地面に激突する寸前の男性を、淡い光の膜で柔らかく受け止めたのだ。男性は怪我一つなく立ち上がると、少し照れくさそうに頭をかき、再び作業用の昇降機へと向かっていった。まるで、道でつまづいて転んだ程度の出来事のように。


「…どういうことだ…?」


呆然と呟く翔太に、ユイは当然といった顔で答えた。


「だから言ったでしょう? ここは安全だって。AIの最優先事項は、あらゆる脅威からの人命の保護。ここでは事故で命が失われることは、絶対にあり得ないの」


そこで翔太は、はっと気づかされた。

この世界の「絶対安全」は、単なる高度な科学技術の産物なのではない。

「人命は何よりも尊い」という、誰もが疑いようのない倫理観。それ自体を、AIがシステムとして完璧に、絶対的に保証しているのだ。命が尊いからこそ、命が失われる可能性のある「リスク」という概念そのものが、この世界から排除されている。


一見、それは人類が到達した究極の理想郷に思えた。戦争も、犯罪も、災害も、そして事故さえない世界。しかし、翔太の心に宿ったのは、安堵ではなく、新たな、そしてより深い疑念だった。


彼は戦闘機のパイロットだった。死と隣り合わせの緊張感の中で、極限まで己の技術と精神を磨き上げてきた。その厳しさの中にこそ、生きているという強烈な実感があった。恐怖を乗り越えるから「勇気」が生まれ、困難を達成するから「誇り」が宿る。


では、リスクがゼロの世界では?

決して落ちることのない山を登ることに、意味はあるのか?

絶対に失敗しない挑戦に、価値は生まれるのか?


翔太は、この楽園の恐るべき矛盾に気づいてしまった。

人命の尊厳を絶対的に守るため、人々は「人生の尊厳」を試されるあらゆる機会…すなわち、リスクを冒して何かを成し遂げるという、人間的な営為そのものを奪われているのではないか。


この絶対安全の保証は、命を守る盾であると同時に、人間を挑戦から遠ざける、見えない檻なのではないか。翔太の葛藤は、楽園の是非という次元を超え、「生きるとは何か」という、より根源的な問いへと深化していくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ