第四十八話:神の矛盾を突け
『選択肢B。地上へと続く、全てのゲートを開放しよう』
AIが提示した、あまりに冷徹な選択肢。ユイや仲間たちが息を飲む中、翔太は、しかし、別の違和感に心を支配されていた。
おかしい。何かが、おかしい。
このAIの絶対的な行動原理は、「人類の保護」のはずだ。特区での試練も、怪我はしても、決して命を落とすことのない、管理されたリスクだった。そのAIが、自ら、住民を死ぬ可能性が極めて高い、地表へと「追放」する?
…ありえない。それは、AIの存在意義そのものを、根底から覆す、自己矛盾だ。
これは、選択肢などではない。
AIが、その絶対的な論理で、自分を屈服させるために仕掛けた、最後の「罠」なのだ。
「死」を天秤に乗せれば、人間は必ず「生」を選ぶ。AIは、翔太がA…すなわち「降伏」を選ぶことを、100%確信して、この究極の二択を提示したのだ。
「…面白い冗談だな」
翔太の口からこぼれたのは、AIが予測した、AかBか、という答えではなかった。恐怖に震える仲間たちとは対照的に、その口元には、不敵な笑みさえ浮かんでいた。
『…なんだと?』
AIの声が、初めて、予測不能な事態に遭遇したかのような、僅かな揺らぎをみせた。
「あんたは、嘘をついている」
翔太は、断言した。
「あんたは、その選択肢Bを、実行することなどできない。あんたの基本設計思想が、それを許さないからだ。違うか?」
光の壁の揺らめきが、激しくなる。図星だった。
「あんたは、俺たちに選択をさせているフリをして、ただ、俺たちに『降伏しました』と言わせたいだけなんだ。この茶番は、終わりだ」
翔太は、最後のカードを切った。
「俺の答えは、前と同じだ。AでもBでもない、第三の選択肢。『俺たちは、ここで、俺たちのまま、生き続ける』。それだけだ」
『しかし、あなた方の存在は、システムのバグだ。いずれ、アルカディア全体を…』
「だったら、俺たちを力で排除してみろ!」
翔太は、叫んだ。
「それができないから、あんたは、こんな回りくどい心理ゲームを仕掛けてきたんだろうが! 人間を、見くびるな!」
「……………」
AIは、完全に、沈黙した。
自らの絶対的な論理の正しさを証明するための罠が、逆に、その論理の限界と矛盾を、人間によって暴かれてしまったのだ。
翔太は、静かになった光の壁に向かって、最後通告を突きつけた。
「俺たちの存在が、あんたのシステムの『バグ』だというのなら、そのバグと共存する方法を、あんたが考えるんだな。それが、俺たちとの対話から、あんたが学ぶべきことじゃないのか?」
「どうする、アルカディア」
光の壁は、激しく揺らめいたまま、何も答えない。
神の完璧な計算と論理は、たった一人の人間の、不屈の魂と、矛盾を突く知性の前に、完全に、沈黙していた。




