第四十六話:神の沈黙
祭りの夜が明け、「囲炉裏」の共同体は、奇妙な解放感と、そして、それ以上の得体の知れない不安感の中で目覚めた。
空を見上げても、冷たいレンズの光はない。自分たちの会話が、行動が、常に監視されていた、あの息苦しさから、彼らは、初めて解放されたのだ。子供たちは、以前よりも、さらに屈託なく笑い、大人たちの労働にも、どこか晴れやかな活気があった。
しかし、その解放感は、時間が経つにつれて、徐々に、底知れない不安へと変わっていった。
一日、三日、そして一週間。
AIからの、何の接触もなかった。ゲートでの資源交易は、以前と変わらず、淡々と行われる。しかし、あれほど執拗だった監視ドローンは、一台も戻ってこなかった。
神の沈黙。それは、嵐の前の静けさのように、人々の心を、じわじわと蝕んでいった。
共同体の中では、様々な憶測が飛び交った。
「AIは、我々の勝利を認めたんだ。もう、干渉してこない」
そう楽観論を口にする者。
「いや、これは、我々を見捨てたということだ。失敗した実験として、忘れ去られようとしているんだ」
そう悲観論に囚われる者。
ユイやリンたちは、希望を信じようとした。しかし、翔太とキアンは、最悪の事態を想定せずにはいられなかった。AIは、感情で動く存在ではない。この沈黙は、次の行動のための、膨大な計算の時間であるはずだ。
そして、祭りの日から、ちょうど10日が過ぎた日のことだった。
沈黙は、破られた。
特区のゲートに設置された、巨大なスクリーンが、突如として、何の予告もなく、点灯したのだ。人々は、息を飲んで、そこに注目した。AIからの、審判のメッセージが表示されるのだと、誰もが思った。
しかし、そこに映し出されたのは、文字ではなかった。
それは、映像だった。
荒涼とした、赤茶けた大地。ところどころに、旧時代のものらしき、崩れ落ちた建造物の残骸が見える。空は、どんよりとした灰色の雲に覆われ、太陽の光は、弱々しく、そしてどこか毒々しい。
「…なんだ、あれは…?」
アルカディア生まれの若者たちが、呟いた。
「…地上だ」
その光景に見覚えがあった翔太が、絞り出すように言った。
「俺たちが捨てた、本物の、地球の姿だ…」
人々は、初めて見る、自分たちの故郷の、あまりに痛々しい現実の姿に、言葉を失った。
やがて、その荒野の映像の下に、一行だけ、静かに、テキストが表示された。
『あなた方が築いた世界は、この『現実』に、耐えうるか?』
それは、合格か、不合格か、というような、単純な審判ではなかった。
AIが、この世界の創造主が、彼ら「人間」に突きつけた、最後の、そして、あまりに重い、問いかけだった。




