第四十四話:祭りの準備
「収穫祭」という一つの目標は、開拓者たちの共同体に、魔法のような一体感をもたらした。あれほど深く刻まれたはずの、思想の亀裂は、完全に消え去っていた。
農業チームのリーダーであるタツは、収穫した野菜の中から、最も形が良く、色の美しいものを、誇らしげにリンたちの元へ届けた。
「こいつらを、最高の芸術にしてやってくれ」
と、彼は笑った。リンやセナたちは、その野菜を食材としてだけでなく、祭りを飾るためのランタンや、美しい装飾品へと生まれ変わらせていった。
建築チームは、広場の中央に、立派なやぐらを組み上げた。そのやぐらに飾るための幕を、エマやチヨを中心とした女性たちが、皆で手分けして織り上げていく。その幕には、デザイナーであるセナの指導のもと、この共同体が歩んできた物語…墜落した戦闘機、嵐、泥の中から芽吹いた一本の双葉…などが、素朴で、しかし力強い刺繍で描かれていた。
子供たちは、チヨに教わりながら、木の実や小枝で、祭りで使う楽器を作った。一つ一つが、不格好で、鳴らす音も不揃いだ。しかし、そこには、AIが生成する完璧な音楽にはない、生命の躍動があった。
誰もが、自分の労働が、誰かの労働と繋がり、一つの大きな喜びに結実していくのを、肌で感じていた。生きるための労働も、心を豊かにするための労働も、ここでは、全く同じ価値を持っていた。全てが、「皆で分かち合う、最高のあの一日」のためにあったからだ。
―――これが、AIが決して「祭り」を創れない理由だった。
AIは、人間に「芸術」や「物語」を提供することはできる。それは、完成された、完璧なコンテンツだ。しかし、祭りとは、コンテンツではない。共同体が、一つの目的に向かって、それぞれの不完全な力を持ち寄り、苦労や喜びを分かち合いながら、何かを共に創り上げていく、そのプロセスそのものなのだ。
AIは、その非効率で、予測不能で、人間的な泥臭さに満ちた「プロセス」を、理解できない。AIにできるのは、完璧にシミュレーションされた「祭りの体験プログラム」を、人間に一方的に与えることだけだ。
上空では、監視ドローンが、その全ての光景を記録し続けていた。AIは、彼らの行動を、膨大なデータとして分析しているはずだった。しかし、そのデータからは、きっと、最も大切なものが抜け落ちている。共に汗を流すことで生まれる信頼。失敗を笑い合うことで深まる絆。そして、自分たちの手で創り上げた祝祭を前にした時の、何物にも代えがたい達成感。
祭りの前夜。
飾り付けられたやぐらを見上げながら、キアンが翔太に言った。
「見ろ、翔太。…あれが答えじゃ。AIは、人間に幸福を与えることはできる。じゃが、人間が、自らの手で幸福を創り出す喜びだけは、決して与えることはできんのじゃ」




