表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の下の囲炉裏 ~完璧なAI管理社会に迷い込んだので、不便で最高なスローライフを始めてみた~  作者: さらん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/58

第三十八話:土の匂い、汗の味


「特区イロリ」での生活が始まってから、一月が過ぎた。


最初の混沌とした数日が過ぎ、熱狂が冷めると、人々は自分たちが置かれた世界の、あまりに厳しい現実に直面していた。


ここでは、全てが「労働」だった。AIに頼らず、自分たちで食料を要求し、配給し、調理する。寝床を確保し、共同体を清潔に保つ。アルカディアではAIが全て代行してくれた、生きていく上で不可欠な、しかし面倒な雑事の全てが、彼らの肩にのしかかった。


メンバーの中からは、当然のように不満の声が上がり始めた。


「こんなはずじゃなかった」

「もっと、芸術的な活動に専念できると思っていたのに」

「体が痛い。アルカディアにいた頃は、こんな疲れ、知らなかった」


彼らは、「苦労」という概念に、生まれて初めて触れていた。

その日、翔太は、特区の住民全員を「囲炉裏」の前に集めた。彼は、この共同体が空中分解する前に、進むべき道を示さなければならないと感じていた。


「俺たちは、この世界に、楽をしに来たんじゃないはずだ」


翔太は、集まった人々の、不安と疲労に満ちた顔を、一人一人見つめながら言った。


「ここに残ると決めたのは、AIが与える、中身のない完璧な幸福に『否』を突きつけるためだったはずだ。…今、君たちが感じている、その体の痛み、その疲れこそが、俺たちが求めていたものじゃないのか?」


彼は、自分の泥に汚れた手を、皆に見せた。


「アルカディアでは、俺たちの体は、脳を運ぶためだけの、ただの乗り物だった。だが、ここでは違う。体は、世界を切り拓くための、大切な道具だ。筋肉の痛みは、俺たちが昨日より強くなった証だ。爪の間に詰まった土は、俺たちが、この大地に、自分たちの物語を刻み始めたという、署名なんだ」


その言葉に、人々は、はっとした表情で、自分自身の汚れた手を見つめた。


「俺たちは、ただ種を蒔いているんじゃない。新しい生き方を、この地に根付かせようとしているんだ。だから、胸を張ろう。俺たちは、未来の開拓者なんだ」


翔太の演説は、決して流暢ではなかった。だが、そこには、彼自身がこの一月、誰よりも汗を流してきたという、紛れもない真実の重みがあった。


翌日から、特区の空気は変わった。人々は、文句を言う代わりに、互いの体を気遣い、作業の合間に冗談を言い合うようになった。子供たちは、泥遊びをしながら、畑の草むしりを手伝った。リンとセナは、労働の合間に、皆を元気づけるための、素朴な歌を作って歌った。


彼らは、ようやく本当の意味で、一つの共同体になった。

AIが与える快適さではなく、不便さを共有し、共に乗り越えることで生まれる、原始的な「絆」。


その全ての光景を、上空に浮かぶ監視ドローンが、静かに、そして詳細に、記録し続けていた。AIの壮大な実験は、新たなフェーズへと、静かに移行していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ