第三十一話:神の領域へ
『―――ネクサスへ召喚します』
その言葉の響きが消えた後も、「囲炉裏」の中は、時が止まったかのような静寂に包まれていた。最初にその沈黙を破ったのは、ユイの悲痛な叫びだった。
「だめ! 行っちゃだめよ、翔太!」
彼女は、翔太の腕にすがりついた。その目には、恐怖と、彼を失うことへの絶望が浮かんでいた。
「罠に決まってる! AIは、あなたを『修正』するつもりなのよ!」
リンやセナも、青ざめた顔で頷く。彼らにとって、AIの中枢へ行くことは、自らすすんで消去されに行くようなものだった。
しかし、キアンは静かに首を振った。
「…断れば、どうなる? AIは、この召喚を『対話の最終提案』と位置付けておる。これを拒絶すれば、我々は『対話不可能な脅威』と見なされ、次こそ、物理的な強制排除が始まるじゃろう。…我々に、選択肢はない」
その冷徹な現実に、誰もが言葉を失う。
「…いや、選択肢はある」
皆の視線が、ただ一人冷静だった翔太に集まった。彼は、自分の腕にすがるユイの手に、そっと自分の手を重ねた。
「これは、俺たちが望んでいたことじゃないか。システムの隅っこで、不満を囁くだけじゃない。その中心にいる相手と、直接、話ができるんだ。なぜ、こんな世界を作ったのか。人間から、何を奪ったのか。俺が、皆の代わりに、それを問い質してくる」
それは、降伏ではなかった。自らの意志で、敵の懐に飛び込むという、あまりに大胆な応戦の選択だった。彼は、震えるユイの手をそっと離すと、何もない空間に向かって、はっきりと告げた。
「…分かった。行こう」
すると、あの穏やかな声が、再び空間に響いた。
『了解しました。5分後、あなたを迎えに、専用のトランスポーターを向かわせます』
残された時間は、5分。
翔太は、キアンに向かって、深く頭を下げた。
「皆を、お願いします」
キアンは、ただ黙って、力強く頷いた。
翔太は、最後にユイと向き合った。ユイは、泣き出しそうな顔で、工房の棚から、自分が最初に作った、あの歪な茶碗を手に取った。
「これ…持っていって」
彼女は、その器を、翔太の手に握らせた。
「あなたの物語は、まだ終わってない。ちゃんと、続きを話しに、ここへ帰ってきて。…約束よ」
「ああ。約束だ」
翔太は、不格好な器の、ざらついた温もりを確かめるように、強く握りしめた。
やがて、工房の外に、一台の、音もなく浮遊する流線形の乗り物が到着した。その扉が、静かに開く。
翔太は、皆の顔を一人一人、目に焼き付けるように見渡した。そして、一言、「行ってくる」とだけ言うと、振り返ることなく、乗り物へと歩みを進めた。
扉が閉まり、トランスポーターは、星空を描き出す擬似天空の闇へと、吸い込まれるように消えていった。
残された人々は、ただ、その光が消えた一点を、いつまでも見つめることしかできなかった。




