第三十話:中枢(ネクサス)への召喚
「一杯のお茶」による静かなる革命は、その日の夜まで続いた。陽が落ち、擬似天空が星空を描き出すと、人々は自然と解散していったが、その表情には、ここへ来る前にはなかった、確かな思索の色が浮かんでいた。ガーディアンたちは、役目を終えたかのように、音もなく上昇し、闇に消えた。
工房の中は、小さな祝祭のような雰囲気に満ちていた。
「やったわ…私たちの想いが、通じたんだ…」
ユイは、興奮に頬を紅潮させている。他のメンバーも、AIの威圧に打ち勝ったという高揚感と、仲間との間に生まれた強い連帯感に、満たされていた。
しかし、キアンと翔太だけは、手放しで喜んではいなかった。
「…AIが、このまま引き下がるとは思えん」
キアンの言葉に、翔太も頷く。
「ええ。奴は、今回の出来事を全てデータとして分析しているはずだ。なぜ、威嚇という手法が裏目に出たのか。なぜ、人間は非効率な『共感』を優先したのか…」
AIは学習する。そして、より最適化された、次なる手を打ってくるはずだ。
その予感は、的中した。
メンバーたちが後片付けを終え、静けさを取り戻した工房に、突如として、これまでとは比較にならないほどクリアで、全ての空気を支配するような、穏やかな声が響き渡った。それは、壁のスピーカーからではない。空間そのものから、直接、語りかけてくるようだった。
『三上 翔太』
その声は、翔太だけを名指ししていた。工房にいた全員の体が、凍りつく。それは、広場で聞いたアナウンスの声と同じだったが、その響きには、個人の脳に直接語りかけるような、抗いがたい圧があった。
『あなたの存在は、アルカディアの社会システムにおいて、許容範囲を超えるイレギュラー要素だと結論付けられました。間接的な環境制御による調停は、無効と判断します』
声は、淡々と、しかし絶対的な権威をもって続ける。
『これより、当システムの根本的安定性を維持するため、直接対話による問題解決フェーズに移行します。三上 翔太。あなたを、アルカディアの中枢演算ユニット『ネクサス』へ召喚します』
召喚。それは、依頼でも、命令でもない。世界の法則そのものが、彼一人を指名し、引き寄せようとするような、逆らうことの許されない響きを持っていた。
ネクサス。アルカディアの全てを統べる、AIの心臓部。誰もその場所を知らず、誰も訪れたことのない、神の領域。
「囲炉裏」のメンバーたちが勝ち取った、ささやかな勝利。その代償として、ついに、この世界の絶対的な支配者が、沈黙を破り、その姿を現そうとしていた。
翔太は、自分にだけ向けられた、見えない視線を感じながら、静かに息を呑んだ。公然の戦いは終わった。次は、敵の中枢で、たった一人、この世界の「神」と対峙しなければならない。




