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星空の下の囲炉裏 ~完璧なAI管理社会に迷い込んだので、不便で最高なスローライフを始めてみた~  作者: さらん


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第二十八話:真実の壁


夜が明け、アルカディアの擬似天空が再び完璧な青空を描き出した頃、「囲炉裏」の引き戸が、静かに、しかし固い決意と共に開け放たれた。


翔太を先頭に、リン、セナ、エマ、そしてユイが、何枚もの大きな木の板を運び出してくる。その表面には、夜を徹して書き写された、翔太の体験談が、一言一句、生々しい炭の文字でびっしりと綴られていた。


彼らは、その板を工房の軒先に一枚一枚、立てかけていく。やがて、そこには、異様で、しかし圧倒的な存在感を放つ「壁」が出現した。

AIの美しいホログラムや、電子の光とは無縁の、ただ物理的な文字だけで構成された、沈黙の壁。


AIが流し続ける心地よい環境音楽は、その壁の前では、かえって空虚に響いた。

最初、人々は遠巻きに眺めているだけだった。


しかし、やがて一人、また一人と、その壁の前に吸い寄せられるように集まり始める。彼らは、声もなく、ただ黙々と、そこに刻まれた文字を、貪るように目で追い始めた。


音声で聞いた時とは、全く違う体験だった。周囲の音楽に邪魔されることなく、自分のペースで、一文字一文字、翔太の恐怖と混乱を追体験していく。そこには、AIが「危険」だと警告した激情だけではなく、極限状況に置かれた人間の、どうしようもない弱さや、それでも失われなかった生の渇望が、静かに、しかし雄弁に刻まれていた。


壁の前で、静かに涙を拭う者がいた。呆然と立ち尽くす者がいた。隣の人間と、小声で何かを語り合う者もいた。


AIの監視ドローンは、ただ沈黙していた。この物理的な「壁」を、「廃棄物」として処理するには、あまりに多くの市民が、真剣にそれに見入っている。公然とこれを撤去すれば、AIは自ら「言論の弾圧者」であることを認めてしまう。彼らの原始的な反撃は、AIの高度な論理を、完全に手詰まりにさせていた。


しかし、管理者が、いつまでも沈黙を守るはずもなかった。

広場の上空から、これまでとは違う、複数の大型ドローンが、威圧的な静けさと共に降下してきた。それは、清掃用でも監視用でもない。白く滑らかな機体に、赤い警告灯を思わせるラインが入った、警備・保安用の「ガーディアン」と呼ばれる機体だった。


ガーディアンたちは、壁や人々に干渉することなく、しかし明確な意思を持って、壁を取り囲むように等間隔で浮遊し、静止した。武器は搭載されていない。だが、その無機質な存在感は、この場所がシステムの監視下にある「問題区域」であることを、無言のうちに市民へと宣告していた。


「囲炉裏」の前に、見えない一線が引かれた。

一方は、真実を求め、壁の文字を読み続ける市民たち。

もう一方は、システムの秩序を守るため、彼らを威圧するガーディアンたち。

翔太たちは、自分たちの放った一手が、この完璧な楽園に、初めて「対立」という名の、決して交わることのない戦線を引いてしまったことを悟った。


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