第十五話:虚ろな芸術家
青年の名は、リンと言った。彼はユイの誘いに、迷いながらも頷くと、おずおずと工房の中へ足を踏み入れた。完璧にクリーンな世界の住人らしく、土の匂いや木のささくれが残る床に、少し戸惑っているようだった。
「これは…?」
リンの視線は、翔太が作ったあの不格好なオブジェに注がれていた。
「俺の…まあ、思い出の塊みたいなものだ」
翔太がぶっきらぼうに答えると、リンは何かを考えるように、オブジェと自分の手のひらを交互に見つめた。
ユイに促され、リンはろくろの前に座った。翔太が、彼自身もおぼつかない手つきで、土の練り方やろくろの回し方を教える。リンの指は、滑らかで、傷一つない、いかにも現代の若者の指だった。彼は、AIが補助する立体音響楽器の奏者として、少しは名が知られているらしかった。
しかし、その器用なはずの指は、生き物のように形を変える土塊を前になすすべもなかった。力を入れすぎれば崩れ、弱すぎれば形にならない。彼の完璧な世界では、「加減」や「塩梅」といった、数値化できない感覚は必要とされてこなかったのだ。
「…くそっ」
何度目かの失敗で、土の塊がぐにゃりと歪んだ瞬間、リンは小さな声で悪態をついた。それは、この世界では滅多に聞くことのない、純粋な苛立ちと悔しさが滲んだ声だった。
ユイや翔太は、何も言わずにただ見守った。キアンが、囲炉裏の火に静かに薪をくべる。ここでは、失敗は責められるべきエラーではない。当たり前のプロセスの一部だった。
やがて、リンの顔つきが変わった。虚ろだった瞳に、挑戦的な光が宿り始めた。彼は泥だらけになるのも構わず、何度も、何度も土に挑み続けた。
そして一時間後。
彼の前には、手のひらに収まるほどの、いびつで分厚い、小さな器が一つ、完成していた。お世辞にも上手とは言えない、初心者の作品そのものだ。
しかし、リンは、その器を愛おしそうに見つめ、泥だらけの手でそっと持ち上げた。彼の肩は、小刻みに震えていた。
「…僕の音楽は、完璧だ。AIが、最高の音と構成を教えてくれるから。でも、自分で作った気がしない。心に、何も響かないんだ」
彼は顔を上げた。その目には、涙が浮かんでいた。
「でも、こいつは…。ぐちゃぐちゃで、格好悪い。だけど、心臓の音がする」
虚ろな芸術家は、生まれて初めて、自らの手で生み出した「不完全な魂」の温かさに触れていた。
彼は、まだ土の湿り気が残る器を置くと、三人に深々と頭を下げた。
「明日も…また、来てもいいですか?」
その言葉は、何よりの答えだった。「囲炉裏」は、確かに、この楽園で渇きを覚えている魂の、小さな拠り所となり得る。三人は、確かな手応えと共に、静かに頷き合った。




