第十四話:最初の来訪者
キアンの権限は、翔太の想像以上だった。彼はAIに対し、「歴史的共同体における手作業文化の保存と体験を目的とした、限定的施設」という名目で申請を提出し、数時間後には正式な認可を取得してしまった。
AIのデータベースには『文化体験施設7番』として登録されたその場所を、三人は「囲炉裏」と呼んだ。
場所は、キアンの家からも近い「昭和」エリアの一角にある、使われなくなった古い公民館だった。三人は数日かけて、その場所を彼らの聖域へと作り変えていった。
AIによる自動清掃機能や最適化された環境維持システムを意図的に停止させ、自分たちの手で床を掃き、窓を拭く。
工房の中央には、キアンがどこからか調達してきた、本物の火を熾すことができる囲炉裏が鎮座していた。その周りには、不揃いな形の陶器を作るためのろくろ、単純な機構の機織り機、そして、翔太とユイが初めての物語を紡いだ、古風な調理台が並べられた。
そして、「囲炉裏」が開所する日。
三人は、入り口に翔太が手で彫った、歪な文字で『囲炉裏』と書かれた木の看板を掲げた。宣伝も告知もない。ただ、引き戸を大きく開け放ち、人々が中の様子を窺えるようにしただけだ。
しかし、人々の反応は、彼らが予期していた以上に冷ややかだった。
完璧に整備された街並みを散策する人々は、古ぼけた公民館から漏れる煙や、土の匂いに、訝しげな表情を向けるだけだ。
「あら、あそこは何かしら? 時代錯誤ね」
「手で食器を作っているわ。自動成形機なら3秒なのに、非効率だこと」
聞こえてくるのは、無関心か、あるいは理解できないものへの、穏やかな侮蔑の言葉ばかり。時間が経つにつれ、客が一人も現れない工房の中で、ユイの表情は少しずつ曇っていった。
「…やっぱり、誰も来てくれないのかな」
「種を蒔いて、その日のうちに芽が出ると思うでない」
囲炉裏の火を静かにいじりながら、キアンが諭すように言った。
「ワシらは、ただここで火を焚き続けるだけじゃ。この暖かさに気づく者が、いつか現れる」
その言葉に励まされ、三人は静かに時が過ぎるのを待った。そして、擬似天空の太陽がオレンジ色に傾き、諦めかけたその時だった。
一人の若者が、工房の入り口で足を止めた。
彼は、最新の流行を取り入れた、完璧な着こなしの青年だった。しかし、その表情はどこか虚ろで、この世界の他の住人と同じ穏やかな幸福の色はなかった。
青年は、工房の中に陳列された、ユイが作ったいびつな茶碗を、食い入るように見つめていた。
「…この器、なぜ…歪んでいるんですか?」
それは、非難ではない、純粋な好奇心から発せられた問いだった。なぜ、完璧ではないものが、ここに、こうして置いてあるのか。
ユイは、かつての自分と同じ問いを発した青年の目に、自分と同じ「渇き」の色を見た。彼女は自然に笑みを浮かべると、青年に向かって一歩踏み出した。
「よかったら、あなたも一つ、作ってみませんか?」
「囲炉裏」の火が、パチリと音を立てて、暖かくはぜた。最初の来訪者を、歓迎するように。




