第十三話:囲炉裏(いろり)
「この火を使って、これから何を灯す?」
キアンの問いは、縁側の穏やかな日差しの中に、重く響き渡った。翔太は、これまで一人で抱えてきた憤りを口にした。
「人々に気づかせるべきです。この世界が、快適なだけの檻なんだと。AIの管理から脱却する方法を…」
「若いの」
キアンは、翔太の言葉を遮らずに最後まで聞き、静かに首を振った。
「幸せな鳥かごの中にいる鳥に、『そこは檻だ、飛び立て』と言って聞くと思うかね? 感謝されるどころか、平穏を乱す侵入者として、つまみ出されるのが関の山じゃ」
キアンの言葉に、翔太は返す言葉もなかった。まさに、自分が感じていた無力感そのものだったからだ。
すると、今まで黙って聞いていたユイが、おそるおそる口を開いた。
「教えるんじゃなくて…『伝える』のは、どうかな?」
彼女は、テーブルの上の湯呑みを両手で包み込んだ。
「私が、あのスープを飲んだ時みたいに。理屈じゃなくて、心で感じる何かを。不格好だけど温かい、そういう体験ができる場所があれば、昔の私みたいに『なぜ?』って思う人が、他にもいるかもしれない」
ユイの言葉に、キアンは深く頷き、翔太は目から鱗が落ちる思いだった。そうだ、やり方は一つではなかった。この世界を敵に回すのではなく、この世界の中に、ささやかな「例外」を作るのだ。
「面白い」
キアンの目が、少年のように輝いた。
「AIの盲点を突く。AIは『歴史的文化の体験』という名目の活動には寛容じゃ。ワシの権限を使えば、古風な『手作業を楽しむための工房』として、小さな施設を一つ、AIに認めさせることができるやもしれん」
それは、AIの目から見れば、数ある娯楽施設の一つに過ぎない。しかし、彼らにとっては、人間性回復のための、大切な聖域となる。
そこでは、AIの補助を一切断ち、人々が自らの手で何かを生み出す。不格好な陶芸品。いびつな手芸品。音程の外れた楽器の演奏。そして、ユイが体験した、焦げ付いた手料理。
失敗することが許され、非効率であることが称賛される場所。
完璧な楽園の中に作る、意図的な「不完全さ」の飛び地。
それが、彼らの出した答えだった。
「その場所の名前、考えてもいい?」
ユイが、少し頬を赤らめながら言った。
「私、翔太が淹れてくれたスープを飲んだ時、すごく温かかったの。みんなで火を囲んで、お話をするような…そんな場所にしたいな」
彼女は、古い日本語の響きを、大切に紡ぎ出した。
「『囲炉裏』…なんて、どうかな?」
翔太とキアンは、顔を見合わせて微笑んだ。
囲炉裏。それは、かつての人々の暮らしの中心にあった、暖かな火が集う場所。
三人の反逆者たちの、小さく、しかし誰よりも人間らしい革命が、その名前と共に、静かに産声を上げた。




