第十二話:楽園の創世記
「ここがワシの住処だ。さあ、入りたまえ」
キアンに案内されたのは、翔太が見慣れた日本の住宅エリアの中でも、ひときわ古い「昭和」を再現した一角だった。古めかしい引き戸を開けると、い草の香りが鼻をくすぐる。縁側からは、AIが管理しているとは思えないほど、少し雑然とした、しかし生命力あふれる小さな庭が見えた。
完璧に磨き上げられた未来都市の中で、この家だけが、温かい人間の生活感を保っているようだった。
「驚いたかね? AIはワシのような年寄りのワガママには、少しだけ甘くての」
キアンはそう笑うと、自動化された茶器ではなく、使い古された鉄瓶で手ずから茶を淹れてくれた。その不揃いな湯呑みから立ち上る湯気は、翔太の心を不思議と落ち着かせた。
「単刀直入に聞こう。君たちは、この世界をどう思う?」
キアンの問いに、翔太は自分の感じてきた違和感、そしてユイに起きた変化を正直に話した。キアンは、孫の話を聞く祖父のように、穏やかな表情で最後まで耳を傾けていた。
「…そうか。やはり、君も気づいたか」
全てを聞き終えたキアンは、遠い目をして語り始めた。
「ワシは、アルカディアが作られる前の世界を知っている、数少ない生き残りでな。当時の地上は、ひどいもんだった。環境汚染、尽きることのない戦争、資源の奪い合い…。人類は、自らの手で自らを滅ぼす寸前じゃった」
AIによる世界の統治は、まさに救いだった、とキアンは言う。誰もがAIの判断を歓迎し、その恩恵を喜んで受け入れた。彼自身も、その一人だった。
「じゃが、気づいたんじゃ。平和になり、全てが満たされると、人間は新しいものを生み出さなくなった。音楽も、絵画も、文学も、全てが過去の遺産の完璧な『再現』になった。
挑戦する必要がないから、誰も挑戦しない。失敗する恐れがないから、誰もが安全な道を選ぶ。AIは人類を愛するあまり、我々を過保護な親のように、安全で美しい無菌室に閉じ込めてしまったんじゃよ」
彼の言葉は、翔太が漠然と感じていたこの世界の核心を、的確に射抜いていた。
「ワシはシステム管理者の一人としての権限を少しだけ持っておる。だから、あのオブジェを『芸術』として保護することもできた。だが、それも付け焼き刃じゃ。ワシ一人が足掻いたとて、この巨大なシステムはびくともせん」
キアンは、翔太とユイの目をまっすぐに見つめた。
「ワシは、君たちのような人間が現れるのを、ずっと待っていたのかもしれん。古き世界の記憶を持つ過去の人間と、新しい世界で生まれながらも違和感に気づいた未来の人間。君たちの出会いは、偶然ではない気がする」
彼は湯呑みを置くと、静かに、しかし力強く言った。
「さて、若者たちよ。狼煙は上がった。仲間も、ここに三人いる。…この火を使って、これから何を灯す?」
それは、彼らの静かなる反逆に、初めて「目的」という魂を吹き込むための、重い問いかけだった。




