第十一話:三人目の同志
翔太とユイは、息を詰めて広場の様子を見守っていた。
彼らの置いたオブジェの前を、多くの人々が通り過ぎていく。ある者は一瞥もくれず、ある者は「誰かの忘れ物かしら?」と首を傾げ、またある者は「変なゴミ」と眉をひそめた。
「ママ、あのおもちゃ、壊れてるね」
無邪気な子供の言葉に、母親が答える。
「そうね。すぐに清掃ドローンが来て、綺麗にしてくれるわよ」
その言葉は、この世界の価値観を的確に表していた。完璧ではないもの、理解できないものは、「間違い」か「ゴミ」なのだ。ユイは唇を噛み締め、翔太は無力感に拳を握った。やはり、無意味な試みだったのか。
やがて、母親の言葉通り、一体の球体型清掃ドローンが滑るように近づいてきた。ドローンはオブジェの前で静止し、青いスキャン光を照射する。
『未登録の立体物。カテゴリー分類不能。所有者不明。廃棄物として処理します』
無機質な音声と共に、ドローンからアームが伸びる。翔太とユイの希望が、今まさに「廃棄物」として処理されようとしていた。
その時だった。
「待て」
穏やかで、しかし芯のある声が響いた。声の主は、近くのベンチでずっと人間観察をしていた、一人の老人だった。老人はゆっくりと立ち上がると、ドローンの前に立った。
「オブジェクトの再スキャンを要求する。カテゴリーを『芸術』、サブカテゴリーを『原始主義』として登録しろ。所有者は、私だ」
ドローンは数秒間停止し、スキャン光を明滅させた。
『権限レベルの高い市民からの命令を受理。オブジェクトを『個人所有の芸術品』として再登録します。処理を中断します』
ドローンは静かにアームを収納し、その場から去っていった。
翔太とユイは、ただ呆然と、その光景を見つめていた。老人は、二人が座るベンチへとゆっくり歩み寄ると、悪戯っぽく片目をつむった。
「…やれやれ。危ないところだった。せっかくの狼煙が、消されてしまっては意味がないからの」
その言葉に、二人はハッとした。彼は、分かっていたのだ。これが単なるオブジェではなく、誰かに向けたメッセージであることを。
「あなたは…?」
「ワシか? ワシはキアン。ただの、歪んだものが好きな、時代遅れの爺さんだよ」
キアンと名乗った老人は、ベンチに置かれたオブジェに目を細めた。
「AIには、この良さが分からんらしい。計算された完璧さの中には、決して生まれん『熱』があるというのにな。…久しぶりに、面白いものを見た」
翔太とユイは、顔を見合わせた。
孤独な反逆だと思っていた。誰にも理解されない、二人だけの戦いだと思っていた。しかし、違った。この完璧な楽園の片隅で、同じ思いを抱く人間が、確かに存在したのだ。
広場の真ん中に佇む、不格好な木の塊。
それは、三人目の同志を引き寄せた、確かな狼煙となった。彼らの静かなる戦いは、今、新たな局面を迎えようとしていた。




