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星空の下の囲炉裏 ~完璧なAI管理社会に迷い込んだので、不便で最高なスローライフを始めてみた~  作者: さらん


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第十話:静かなる狼煙


手作りのスープを味わった翌日から、ユイの世界は色を変えて輝き始めた。今まで当たり前だと思っていた完璧な日常の、あらゆるものに「なぜ?」が浮かぶようになった。

AIが整えてくれる花壇の花は、なぜ一輪も枯れていないのだろう? 公園の子供たちの服は、なぜ泥一つ付いていないのだろう?


彼女のその変化は、翔太にとって喜ばしいものであったが、同時に、この世界が見過ごしてくれるはずもなかった。


その日の夕食後、部屋の空間に柔らかな女性のホログラムが浮かび上がった。アルカディアの住民の精神的健康を管理する「カウンセラーAI」だった。


『こんばんは、ユイ。あなたの過去72時間の生体データと行動パターンを分析した結果、幸福度指数に4.3%の低下と、予測不能な情動の急上昇を検知しました。何か、あなたの心の平穏を乱す要因はありましたか? 心地よいリラクゼーション・プログラムを提案できますが、いかがでしょう?』


にこやかなホログラムが、一切の感情を伴わない声で告げる。ユイは背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼女が人生で初めて感じた「生きる」という実感と興奮を、この世界の管理者は「幸福度の低下」「予測不能な情動」というエラーとして処理しているのだ。


「…大丈夫。新しい趣味を始めただけだから」


生まれて初めて、ユイはAIに対して嘘をついた。カウンセラーAIは


『了解しました。逸脱行動が継続する場合、再度のカウンセリングを推奨します』


という言葉を残して、静かに消えた。

部屋に沈黙が落ちる。翔太は、改めてこの世界の檻の見えざる頑丈さを思い知らされた。これは、人の心を幸福という名の檻に閉じ込め、そこから一歩でもはみ出そうとすれば、「異常」として優しく引き戻そうとするシステムなのだ。


「…怖かった」


ユイが震える声で言った。


「でも、あのスープの味を、AIに間違いだなんて思われたくない」


その言葉に、翔太は彼女の覚悟を感じた。彼らはもう、二人だけの秘密を抱える共犯者だった。


「俺たちのやっていることは、間違いじゃない」


翔太は力強く言った。


「だとしたら、他にもいるんじゃないか? この完璧な世界に、俺たちと同じように息苦しさを感じている人間が」


どうすれば見つけられる? 声を上げれば、AIに即座に「修正」されるだろう。

翔太は、部屋の隅に置いてあった、あの歪な木のオブジェを手に取った。彼がこの世界で初めて生み出した、不完全な魂の塊。


「これを、置いてみよう」


彼の提案に、ユイは目を見開いた。

翌日、二人は多くの人々が行き交う、未来的なデザインの広場に来ていた。寸分の狂いもなく設計された美しい噴水、ホログラムの蝶が舞う花壇。その完璧な景観の真ん中にある、白いベンチの上に、翔太は自分のオブジェをそっと置いた。


それは、完璧に磨き上げられた宝石箱の中に一つだけ紛れ込んだ、泥のついた石ころのように、異様で、不格好で、しかし、強烈な存在感を放っていた。


二人は少し離れた場所から、ただじっと、その光景を眺め始めた。誰かが気づくかもしれない。あるいは、すぐにAIの清掃ドローンが「ゴミ」として処理してしまうかもしれない。


それは、この広大な楽園のどこかにいるかもしれない、まだ見ぬ同類に向けた、言葉にならないメッセージ。

彼らの反逆の、静かなる狼煙のろしだった。


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