表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/36

第8話:不良債権世代

健太の「オワコン」という言葉が、頭に刺さったまま抜けなかった。 裕樹はオフィスの自席に戻ったが、ディスプレイに映るコードは、もはや意味のある文字列として認識できなかった。


(オワコン……)


稼ぐ力(人的資本)さえもが、AIによって陳腐化し、「終わったコンテンツ」になる。


その瞬間、裕樹の脳内で、この数週間、彼を苛み続けてきた全ての「数字」と「事実」が、一つの巨大な回路図としてカチリと組み上がった。


入力インプット


直接負担: 『子ども・子育て支援金』という名の永久債。(第2話)


セーフティネット毀損: 『高額療養費』が2.1倍に値上げ。(第3話)


将来資産毀損(自動): 『マクロ経済スライド』によるステルス・デフォルト。(第5話)


将来資産毀損(意図的): 現高齢者の「手取り増」の財源としての、俺たちの年金資産5%毀損。(第5話)


間接負担(賃金抑制): 『シニア人材活用』による労働市場の低コスト化。(第6話)


人的資本毀損: 『AI』によるスキルの陳腐化。(第7話)


出力アウトプット


俺たちの『手取り』と『資産』の、際限なき減少。


一つ一つは、独立した「制度改悪」や「市場動向」に見えていた。 だが、こうして並べると、その意図は明白だった。


すべてが、俺たち(現役世代)の「稼ぎ」と「資産」を、あらゆる角度から、容赦なく削り取りに来ている。


この状況、俺たちは破産でもしてしまったのか。

なぜこんなに負担と改悪ばかりなんだ。


裕樹は、数日前に読んだ経済レポートの一節を、まるで啓示のように思い出していた。 それは、今の日本の社会保障制度を分析した、あるエコノミストの冷徹な所見だった。


『少子化時代を生きる現役世代にとって、賦課方式の社会保障はすでに投資ではなく、純粋なコスト、すなわち不良債権(Non-Performing Asset)と化している』


裕樹は、自社のサーバー室で稼働し続ける、誰も仕様を把握していない数十年前のメインフレーム(汎用機)を思い出した。


維持費だけで年間数億円。リプレイス(刷新)しようにも、あまりに巨大すぎて誰も手を出せない。だから、若手のエンジニアを貼り付けて、バグが出たらその場しのぎのパッチを当てて、延命し続ける。


この国は、あれと同じだ。


俺たちの人生は、新しい価値を創造するためではなく、この国の「壊れかけたOS(昭和の社会保障システム)」が、完全にクラッシュするのを防ぐための、「保守運用コスト」として計上されているに過ぎない。


俺たちはプレイヤーじゃない。 死にゆくシステムの、メンテナンス要員だ。


社会保障は助け合いであって投資ではない。そういうキレイごとは、社会保障の為の保険支払いよりも、貰いが大きい世代だけがいえることだろう。


「助け合い」。 政府やメディアは、その美しい言葉を「免罪符」のように使う。だが、システム的に見れば、それは致命的な「バグ」を「仕様」と言い張っているに過ぎない。


一方が過剰に支払い、一方が過剰に受け取る関係が固定化されているなら、それは「助け合い」ではない。「収奪」だ。


俺たちは、「道徳」という名の暗号化通信(めくらまし)によって、その収奪の実態を見えなくされている。「高齢者を敬え」「社会の恩恵」……そんな言葉でコーディングされたプログラムが、俺たちの思考をロックし、反論という「エラー処理」を封じ込めてきたんだ。


不良債権――。


その言葉が、雷のように裕樹を撃ち抜いた。


そうだ。


俺たちは、この「社会保障」という名の金融商品を、もはや「投資」として購入しているのではない。 これは、俺たちが生まれるずっと前に、とっくに返済不能デフォルトになっていた巨額の負債だ。


俺たちは、その「不良債権」の処理コストを、人生のあらゆる局面で支払わされている。


『支援金』という名の、追加の処理費用を請求され、


『賃金抑制』という形で、処理費用を稼ぐ力を奪われ、


『給付削減(年金・医療)』という形で、過去に投資した元本(資産)を踏み倒される。


俺たちは、「団塊ジュニア世代」でも「氷河期世代」でもない。


「……不良債権世代だ」


裕樹は、誰にも聞こえない声で呟いた。 俺たちは、この国という巨大な「不良債権処理システム」を維持するためだけにエネルギーを供給し、使い潰される――。


そして、このシステムフローの最悪のバグは、どこにも「終了条件(Exit)」が記述されていないことだ。


借金なら返せば終わる。燃え盛る恋や愛にも終わりがある。だが、この「不良債権処理」には終わりがない。 少子化が進めば進むほど、処理すべき負債は増え、処理する人員(俺たち)は減る。そして、負担が重くなるほど少子化は加速する。


while (true) {

  搾取();

}


永遠に繰り返される無限ループ。 抜け出す方法は、システムがクラッシュ(国家破綻)するか、処理を実行するCPU(俺たち)が焼き切れる(過労死する)か。その二つに一つしかない。


その、身も蓋もない「システムの仕様書」を、裕樹は完全に理解してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ