エピローグ2:孤独な完全勝利者
西暦2046年、11月。
ワシントン州シアトル。レイク・ワシントンの湖畔を望む、ミニマリストなペントハウス。
部屋の主、健太(50歳)は、最適化された栄養素だけを抽出したコールドプレスジュースを一口飲み、壁一面のディスプレイに映し出されたニュースフィードを眺めていた。
『日本、国民投票で「国民基盤役務制度」の恒久的維持を可決。賛成率92.1%』
「……だろうな」
健太は、誰に言うでもなく呟いた。
彼が20年近く前に「不良債権」と断じた、あの国の、論理的な帰結だった。
2020年代後半、あの「カタストロフィー」が起きる遥か前。
健太は、GAFA(日本支社)という「救命ボート(第15話)」を踏み台に、早々と「母艦(本社)」への転籍を完了していた。
「日本円」という呪縛から完全に逃れ、最強の「ドル」と「別のプラットフォーム」に、自らの「人的資本」そのものを移し替えたのだ。
そして、2037年5月10日への追憶。
健太は、カリフォルニア州パロアルトの自宅(当時)で、そのニュースを「観測」していた。あの「物理的崩壊」のニュースを。
(ああ、やっぱり来たか)
(あの時、日本から物理的に脱出するという俺の選択は、やはり『合理的』だった)
その後、日本で「有馬征四郎」という灰色の宰相が、軍事クーデターまがいの『国民基盤役務制度』強行を画策するニュースも、彼は「観測」していた。
彼は、有馬を「独裁者」としてではなく、「合理主義者」として分析する。
有馬は、「国家」のスケールで、健太(個人)とまったく同じことをしたのだ。
「民主主義」や「人権」という「非合理的なバグ」を「浄化」し、国家を「破綻」させないためだけの、最も「合理的」なシステムを実装した。
そのシステムが、2042年に「奇跡的な独立」を成し遂げた経緯こそ、健太の最も興味を引くテーマだった。
(公開情報からの推論)
観測事実: 2042年、東亜連邦が台湾侵攻を開始した「瞬間」、連邦の主力艦隊・軍隊が台湾と朝鮮半島で「原因不明のシステムダウン」を起こし、機能が麻痺した。(当時の国際報道)
健太の推論: 有馬は、占領下で東亜連邦の資金・技術・インフラを使い、敵のシステムそのものに致命的な「非対称の反撃能力」を秘密裏に実装していたに違いない。彼は敗北(占領)を「資金調達の機会」に変えた。
結論: 有馬は「敵のシステムダウン」という結果を、合衆国との交渉で「情報」という外交カードに変え、日本の独立を勝ち取った。
健太は、この一連の流れを「最も非情で、最も合理的な戦略」として理解し、ある種の畏怖の念すら抱いていた。
そして、2046年。
国民は、「自由」を排除した有馬のシステムを、92.1%で「追認」した。
(国民は、『自由』よりも『安定』を選んだ。俺の分析通りだ)
◆
健太は、無感情にSNSのフィードを開く。
かつての同僚、裕樹のプロフィールが目に入った。
(裕樹さん。マレーシアか)
健太の脳が、瞬時に「合理的損益」を再計算する。
裕樹は、「カタストロフィー」を東京で被災した後、守り抜いたドル資産を使って、マレーシアへ家族で脱出したことが、SNS情報から推察される。
(合理的判断としては、ギリギリ及第点だ。だが……)
健太のロジックは冷徹だ。
裕樹は、「経済的破綻(円の暴落)」への備えは完璧だった。
しかし、健太が(GAFA本社移転で)回避した「物理的破綻」のリスクを、最後まで甘受していた。
(「合理的自衛」が、中途半端だったんだ。なぜ「プラットフォーム」そのものから脱出しなかった? 破綻の「Xデー」まで日本に居座り続けるなんて、最大のギャンブルだ)
(……ああ、そうか。「家族」か)
健太は、裕樹が「脱出」という「実行」を、あの「Xデー」まで遅らせた理由を、正確に見抜く。
(「妻のキャリア(第14話)」だの「親の介護(第20話)」だの、そういう「非合理的な情」に縛られて、物理的な「脱出」の決断ができなかったんだ。そして、脱出先が、結局マレーシア。「家族」という『究極の不良債権』を最後まで抱え込んだから、コストの安い中堅国が限界だった)
健太は、そのプロフィールを閉じた。
裕樹の「勝利」は、健太から見れば、「運」と「妥協」にまみれた「ギリギリの回避」でしかなかった。
健太自身は、GAFAで得た「ドル(金融資本)」を元手に、AI関連のファンドを立ち上げ、巨万の富を築いていた。
彼は、第26話で宣告した通り、結婚もせず、子供も持たなかった。
彼の「合理的自衛」は、「リスク」を「ヘッジ」する(裕樹)ことではない。
「リスク」そのものを、人生から「削除」することだった。
健太は、自らの『アセット・ダッシュボード』を開く。
【Liabilities(負債:家族・帰属)】: 0%
彼は、この「不良債権世代」という「クソゲー」において、
「資産」も、
「安全(最強のプラットフォーム)」も、
そして「完全な自由」も、
その全てを手に入れた。
彼は、日本(92.1%)のニュースフィードを消した。
もう、彼には関係のない、遠い「牧場」の話だった。
彼は、完全に最適化された、静かな、広すぎるペントハウスで、ただ一人、その「合理的」な勝利を享受していた。
不良債権世代 このまま異世界行けないと、いったい私達どうなりますか? 完
『不良債権世代 このまま異世界行けないと、いったい私達どうなりますか?』にお付き合い頂きありがとうございました。もしよろしければ、表裏一体の『国民基盤役務制度』もご覧いただければと思います。
そして、このシリーズの物語はいよいよ最終段階へ。次回の連載は『国民基盤役務戦争』です。




