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第29話:一人っ子という「合理的自衛」

「……『不良債権世代の再生産』」


第28話で、美咲が導き出した、その「非倫理的」という名の最終結論。 それは、二人の間に、重く、決定的な「解」として横たわっていた。


もう、シミュレーションを続ける必要はなかった。 裕樹は、赤いアラートが点滅する『ケースE:家族構成:4人(子:2)』のタブを、静かにクリックして閉じた。


「……終わったわね」 美咲が、ぽつりと言った。 「私たちの、『二人目』」


裕樹は、妻に顔を向けた。 その声には、第1話で「難しいかな」と問いかけた時の、あの淡い希望も、第23話で「沙奈は資産なの」と叫んだ時の「怒り」も、もうなかった。 ただ、すべての計算シミュレーションを終えたエンジニアのような、冷たい疲労だけが滲んでいた。


「ああ」 裕樹は頷いた。 「終わった」


第1話の、あの土曜の朝から始まった、この長く、暗い計算。 その「解」は、あまりにも明瞭だった。


「経済的困窮による『断念』じゃない」 裕樹は、自分たちに言い聞かせるように、言葉を紡いだ。 「これは、俺たち『不良債権世代』が、このシステムの中で生き残るための、『選択』だ」


「……選択」 美咲が、その言葉を反芻する。


「そうだ」 裕樹は、キーボードに向き直った。 彼は、タブを閉じたのではない。彼は、破棄したのだ。


そして、彼がこの数週間、恐怖と絶望の中で見つめ続けてきた、あのタブを、再び開いた。


『ケースD:沙奈・依存(8050)』(第25話)


画面には、あの日と同じ『警告:世帯収支 破綻(共倒れ)』のアラートが、真っ赤に点滅していた。


「裕樹?」


「見るんだ、美咲」 裕樹の声に、初めて「戦略」の光が戻っていた。 「俺たちは、この『破綻アラート』を、消す。 それが、俺たち家族の、これからの『戦い』だ」


彼は、『ケースD』のシミュレーションシートを、さらに複製した。 『最終戦略:リソース集中(子:1)』


「健太(第26話)は、リスクを『ゼロ』にするために、『チャイルドフリー』を選んだ。 だが、俺たちは違う。俺たちには、もう『沙奈』という、守るべき『リスク』が、ある」


裕樹の指が、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。 第27話で「二人目」によって破壊されるはずだった、あの「自衛」のプランを、彼はこの新しいシートに、全力で「投入」していく。


▼ 前提(FIX) 【CHILD_COUNT】: 1 (=リスク源を『1』に限定)


▼ 投入リソース(MAX)


変数【MISAKI_LLC(妻の法人化)】(第16話) STATUS: ACTIVE (二人目育児による停止、回避) CASHFLOW: +¥2,000,000 / 年 (可処分所得、創出)


変数【HIROKI_SIDE_HUSTLE(夫の副業)】(第17話) STATUS: ACTIVE (育児による時間減少、回避) CASHFLOW: +USD($) 5,000 / 年 (システム外資産、創出)


変数【EDUCATION_COST】(第22話) CASHFLOW: ¥ -15,500,000 (国内エリート投資、実行)


「美咲。見てろ」 裕樹は、全ての変数を入力し終えた。


「『8050問題』のリスクを『1』に限定し、 俺と美咲の『合理的自衛』の稼ぎ(法人化+副業)を、 その『1』のリスク(=沙奈)の『教育(1550万)』と『セーフティネット(=共倒れ対策)』に、全集中させる」


これが、俺たちの『合理的自衛』だ。


裕樹が、エンターキーを押した。


再計算(リカルク)が実行される。


第25話では「77歳」でゼロラインを突き破った、あの青いグラフ(老後資産)が、 美咲の「法人化」と裕樹の「ドル建て」収入によって、力強く押し上げられていく。 グラフは「1,550万(教育費)」の谷で一度大きく落ち込むが、持ちこたえ、 沙奈が「8050」化した場合のマイナス要因(年間180万)にも、耐え続ける。


そして、


『シミュレーション結果: 破綻アラート 回避』 『85歳時点 残存資産: +1,200,000円』


「……回避、した」 美咲のかすれた声が、漏れた。


「ああ」 裕樹は、額の汗を拭った。 「ギリギリだがな」


それは、勝利ではなかった。 ただ、破綻(ゲームオーバー)を、回避しただけだ。


「一人っ子」。 それは、もはや「家族計画」ですらない。 この「不良債権システム」の中で、親が「破綻」せず、子が「不良債権」化するリスクをヘッジし、家族という単位が「共倒れ」するのを回避するための、 唯一の「合理的戦略ロジカル・ストラテジー」だった。

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