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第28話:「不良債権世代」の再生産

『警告:世帯収支 破綻(60歳時点)』


第27話で導き出された、冷酷なシミュレーション結果。 「二人目」という変数が、いかに「合理的自衛」のプラン(妻の法人化、夫の副業)を根底から破壊し、家族を15年早く「破綻」させるか。 その真っ赤なアラートが、静まり返ったリビングの闇の中で、裕樹と美咲の顔を不気味に照らしていた。


「……15年、早まるのか」 裕樹は、その数字を、まるで遠い世界の障害バグ報告書を読むかのように呟いた。


「……裕樹」 美咲の声は、もう震えていなかった。第25話で「8050問題(共倒れ)」のシミュレーションを見て以来、彼女の心からも「感情」という名のノイズは消え、裕樹と同じ、冷徹な「ロジック」だけが残っていた。


「……シミュレーション、間違ってるわ」


「え?」 裕樹が、妻の顔を見た。


「そのシミュレーション(第27話)は、『私たち(親)』が破綻する計算でしょ?」 「……ああ。俺たちの老後資産が、60歳で尽きる」 「甘いわね」


美咲は、裕樹の手からマウスを奪うと、『ケースE:家族構成:4人(子:2)』のタブを、さらに複製した。 彼女は、裕樹が設定したどの「変数」よりも、恐ろしい「変数」を、そのシミュレーションシートに打ち込み始めた。


「美咲……?」


「『二人目』を産むってことは、『納税者』を一人、増やすってことよ」 美咲は、裕樹が過去のシミュレーションで発見した、いくつかのレポートの数字を、自分の指でタイプした。


▼ 前提イベント:【CHILD_BIRTH(2)】


▼ 影響(IMPACT):被扶養者(CHILD 2)の生涯収支 1. 変数【INTERGENERATIONAL_GAP(世代会計)】 STATUS: INHERIT (格差の継承) CASHFLOW: ¥ -80,000,000 (※裕樹が過去に見たレポートに基づく、新生児の生涯純負担)


2. 変数【FISCAL_CHILD_ABUSE(財政的幼児虐待)】(第11話) STATUS: APPLY (「NISA=牧場」への強制加入)


3. 変数【ORIGINAL_SIN_PAYMENT(原罪の支払い)】(第9話) STATUS: START (花澤武夫の「賦課方式」という名の敗戦処理、開始)


「……やめろ」 裕樹が、妻の手を止めようとした。


「なんで?」 美咲は、夫の目をまっすぐに睨み返した。


「裕樹。あなたが、この数週間、ずっと言ってきたことじゃない。 この国は『不良債権』だ、と。 俺たちは、その『敗戦処理』をさせられる世代だ、と」


「……」


「この『システム』の中に、 この『マイナス8,000万』の純負担が確定している『戦場』に、 この『財政的幼児虐待』が待っている『牧場』に、


……私たちの手で、『二人目』の子供を、 『新たな納税者』として、 『新たな被害者』として、 引きずり込むことが、本当に『合理的』なの?」


美咲の言葉は、裕樹の「合理的自衛」の、さらに奥深くにある「倫理」を(えぐ)った。


裕樹は、第27話で「二人目は、非合理的だ」と結論づけた。 それは、あくまで「自分たち(親)が」破綻するから、という理由だった。


だが、美咲は、その先を見ていた。 「子供自身が」不幸になるから、だ。


裕樹は、花澤武夫(第9話)の「賦課方式にしてしまえばいい」という80年前の声を思い出していた。 今、自分たちが「二人目」を産むこと。 それは、あの花澤が仕掛けた「意図的なデフォルト」の、最後の「ツケ」を払うための、新しい「人柱」を、自らの手で捧げることに他ならなかった。


それは「合理的」とか「非合理的」とかいうレベルの話ではない。 それは、


「……非倫理的だ」


裕樹が、絞り出した。 「俺たちが『不良債権』だと知りながら、その『不良債権』を、沙奈の弟か妹に、引き継がせる」


美咲が、静かに頷く。 「そう。これは『家族』の再生産じゃない。 『不良債権世代ふりょうさいけんせだい再生産(さいせいさん)』よ」


二人の間で、言葉は、もう必要なかった。 『二人目、難しいかな』という、第1話の、あの淡い希望は、 『非倫理的である』という、冷徹な「論理(ロジック)」によって、完全に殺された。

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